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【ビッくらぼんの365日・芸人日記(30)】“現役”プロレスラーと山形の名士一族の強烈なコンビ、あがすけ

【ビッくらぼんの365日・芸人日記(30)】

“現役”プロレスラーと山形の名士一族の強烈なコンビ、あがすけ

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ビッくらぼんの365日・芸人日記
あがすけの吉村和彬(左)とタツキ・マイアミ=東京・目黒

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 --2人は高校時代からお笑いを目指していた

 吉村「高校のラグビー部では僕が主将でタツキが副将。仲が良くて、お笑いではなく、一緒に米国でプロレスラーになる約束をしていました」

 タツキ「卒業後、吉村は東京の大学へ、僕は仙台にあるスポーツトレーナーの専門学校に進学しました。僕は2年制の学校を1年で辞め、そのまま仙台に残り、土木作業員のアルバイトをしながら、米国へ向かうための資金を貯金していました」

 --そのあと上京したのですか

 タツキ「そのころ、矢沢永吉さんの激論集『成り上がり』を読んだのですが、ビッグになってやろうと思い立ったので、勢いで東京へ。そして東京に引っ越したある日、世田谷区にある超大物コメディアンの豪邸の前を通り、芸人になろうと思いつきまして。いきなり吉村を(芸人に)誘いました。超大物の名前は××××です」

 吉村「僕は当時付き合っていた彼女から『外国には行かないで』と言われていたので、米国でプロレスをやる夢はなくなっていました。だから、その誘いはとてもありがたかった」

 --そして、お笑いへ路線変更。ご両親は反対しなかった

 タツキ「僕の両親は、『いいよ』とあっさりOKでした」

 吉村「僕の両親は放任主義ですが、芸人になることは反対されて。デビューしてから2年間は黙っていました」

 タツキ「吉村の家はすごいですから。地元の名士。山形で吉村家は有名ですよ」

 吉村「亡くなった祖父は元山形市長(吉村和夫さん)。叔父は県議会議員(吉村和武氏)、親類には現山形県知事(吉村美栄子氏)がいます。父は実業家で、ケーブルテレビ山形の社長。そして全日本プロレスの現会長です」

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