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【ビッくらぼんの365日・芸人日記(29)】芸人希望ではなかったダイナミックなコンビ、ぺこぱ

【ビッくらぼんの365日・芸人日記(29)】

芸人希望ではなかったダイナミックなコンビ、ぺこぱ

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ビッくらぼんの365日・芸人日記
ぺこぱのシュウペイ(左)と松陰寺太勇=東京・大手町

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 --松陰寺さんのようなメークは漫才では珍しいですよね

 松陰寺「簡単にいうとキャラ芸人です」

 シュウペイ「結成当初は僕がボケで、ツッコミが松陰寺。担当が今とは逆で、スーツを着た正統派漫才をしていました。そのあとはヒップホップ漫才などを5、6回、芸風の試行錯誤を重ねて、1年半くらい前から今の形になりました」

 松陰寺「一番遠回りな近道でたどり着いたと思います」

 シュウペイ「いつもそう言っています。訳が分からないでしょう」

 --結成までのいきさつは

 松陰寺「故郷の山口から大阪の音響やPAなどのレコーディング専門学校で2年間学んだのですが、卒業後は表舞台に立ちたいと思い、ギターを手にミュージシャンを目指して上京しました。しかし、プロのレベルは高すぎて挫折…。ピン芸人なら自分にもできるだろうと、軽い気持ちで」

 シュウペイ「そのころ松陰寺がバイトをしていた居酒屋に、僕が後からバイトで入りました。そこでコンビを組もうと誘われました」

 松陰寺「当時のシュウペイは典型的な渋谷のギャル男のフリーター。シュウペイに『将来、何をやりたいの?』と聞いたら、『伝説を作りたい』とぶっ飛んだことを言ってくれたので、気に入ってコイツと組もうと思いました」

 シュウペイ「僕はやりたくなくて、断り続けました。ある日、ピン芸人としての松陰寺のライブを見に行きまして。あまり面白くなくて…。断ろうと思ったのですが、半年くらい誘ってくれたので、試しにお笑いをやってみようかと。そして、今日まで来ました」

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