2016.5.28 05:04(2/4ページ)

【ヒューマン】坂本冬美、感謝の“道”!引退危機救ったのは「岸壁の母」

【ヒューマン】

坂本冬美、感謝の“道”!引退危機救ったのは「岸壁の母」

新曲「北の海峡」のごとく幾多の“荒波”を乗り越えて節目を迎えた坂本冬美。「50周年に向けて、心身共に健康で歌い続けたい」と前を見据えた=東京・赤坂

新曲「北の海峡」のごとく幾多の“荒波”を乗り越えて節目を迎えた坂本冬美。「50周年に向けて、心身共に健康で歌い続けたい」と前を見据えた=東京・赤坂【拡大】

 写真撮影中にスタッフのプライベートでの失敗談を“暴露”してみたり、取材記者に対して「風間俊介クンに似てるって言われない?」と問い掛けてみたり、ユーモアあふれる会話で場の空気を和ませる。歌に対する真摯(しんし)な姿勢とそのチャーミングな性格に、歌謡界の第一線で活躍し続けてきた理由が垣間見えた。

 「19歳でデビューして、49歳。『あ~長い年月歌ってきたんだな』って年齢で感じますね」。節目を迎えた心境を照れながらこう答えた。

 ベスト盤「道」は、1987年のデビュー曲「あばれ太鼓」から昨年の「風うた」までのヒット曲30曲を発売順に収録。坂本の歩みをたどることができる作品だ。

 小学5年のときに石川さゆり(58)の「津軽海峡・冬景色」と出会い、演歌歌手を志した。地元・和歌山で働いていた86年、NHK「勝ち抜き歌謡天国」の和歌山大会で優勝。その際に歌唱指導を受けた作曲家の故猪俣公章氏の勧めで上京し、8カ月の内弟子時代を経て87年にデビューした。

 「もううれしかったです。ただ、候補曲8曲の中で一番苦手だったのが『あばれ太鼓』。石川さんのような女唄とは真逆の男唄だったので。当時は今より10キロ太っていましたからピッタリでしたけどね(笑)」

 88年にNHK紅白歌合戦に初出場するなど順調なスタートを切ったが、一度だけその歩みを止めたことがあった。97年、体調を崩した坂本に追い打ちをかけるように、最愛の父を交通事故で失った。

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