2015.9.22 13:35

フリーアナウンサー、黒木奈々さんが教えてくれたこと/芸能ショナイ業務話

フリーアナウンサー、黒木奈々さんが教えてくれたこと/芸能ショナイ業務話

特集:
芸能ショナイ業務話
黒木奈々さん

黒木奈々さん【拡大】

 19日にフリーアナウンサーの黒木奈々さんが胃がんのため逝去した。

 昨年8月に胃がんと診断され、同9月に胃を全摘出してからわずか1年。32歳の若さで旅立ってしまった。

 NHK BS1の「国際報道2015」の月曜キャスターとして活躍された黒木さん。胃がんが告知されたのは同番組のメーンキャスターに抜擢(ばってき)され、約4カ月という時期で、それから闘病生活を経て今年3月末に週1回ペースで復帰した。最後の出演は7月13日。その後に発覚したがん治療のため休養に入った。

 あまりに過酷すぎる運命で、同じ世代の誰もが衝撃を受けたと思う。

 働き盛りで、これからもっと仕事で飛躍したいと奮闘している時期に、思いがけない大病に襲われたら、誰もが目の前が真っ暗になる。30代に入り、結婚をして子供を産んで…と自分の人生をリアルに考える年齢でもある。

 黒木さんも、いろんな未来に希望を描き、情熱を燃やしていたと思う。あまりに過酷すぎる自分の人生に衝撃を受け、何度も何度も悔やし涙を流したはずだ。

 何もかも見失っても仕方がない状況の中、それでも彼女は前を向いていたという。「絶対にキャスターとしてもう一度復帰する」と関係者に言い切り、お見舞いに訪れた人にも明るく接し、今月に入って自宅療養に切り替えてからも、仕事復帰を信じていたという。

 そんな彼女が遺した初エッセー「未来のことは未来の私にまかせよう」は、胃がん告知、闘病の様子がつづられた本だ。

 がんが寛解する前に記された本は、同年代の女性がもしがんになったときに、自身の体験談が力になれると書かれたもの。不安な中、病気になった自分に向き合い、弱い部分もさらけ出した黒木さんは、本当に強い女性だったし、報道キャスターらしく最期まで真摯(しんし)に“伝えた”人だったと感服する。

 「もう一度誰かと恋ができるのだろうか」とつづられた女性の本音や、過去に1度取材した巨人OBの松井秀喜氏から手術後、共通の知人を通じて「病気を場外まで打ち飛ばしてください!」と直筆メッセージを書かれた野球のボールが届いたことを明かし、「うれしくてたまらなかった」とつづったエピソードも、病気の中で頑張ろうと自身を鼓舞していた姿が浮かび上がる。

 22日に通夜、23日に葬儀・告別式が行われる。

 走馬燈のように駆け抜け、仕事を愛し、向上心を失わなかった黒木さんのご冥福を心からお祈り致します。(記者のきもち)