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五木ひろし“献歌”、山口洋子さんお別れの会で「命の恩人です」

山口洋子さんお別れの会に出席した五木ひろし

山口洋子さんお別れの会に出席した五木ひろし【拡大】

 胡蝶蘭を中心にした白い生花約1200本で彩られた祭壇の中央に、優しくほほ笑む山口さんの遺影が飾られた。

 五木は真っすぐに遺影を見つめた後、あいさつに立ち、「山口先生と出会っていなければ、五木ひろしはいなかった。作詞家としてプロデューサーとして、歩く道筋をつけてくれた。大恩人で命の恩人です」と感謝の思いを口にした。

 続けて山口さん作詞、五木自身が作曲した共作曲「渚の女」を“献歌”した。共作した唯一の楽曲で1989年に「面影の郷」のB面に収録され、2002年にはニューバージョンでリリースされたが、2月25日に同曲を追悼再発売することも発表。「先生は天国に旅立たれたけれど、まだ終わらない。五木ひろしがある限り、作品はずっと歌い続けていきます」と恩師に誓った。

 山口さん作詞の「うそ」が大ヒットした歌手で俳優の中条きよし(68)は、肺炎のため東京都内の病院に入院中の平尾昌晃氏(77)の弔辞を代読。中条は「感謝の気持ちしかない」としみじみ語った。

 山口さんは東京・銀座の高級クラブ「姫」(94年に閉店)のママとして“銀座の女帝”の顔を持ち、大の野球好きとしても知られた。会場には星野氏ら球界関係者、伊集院静氏(64)ら作家仲間など幅広い業界から約300人が参列。和やかな雰囲気の中、大好きな仲間に見守られた山口さん。きっと天国で喜んでいるに違いない。

【山口洋子さんのお別れの会・詳報】五木ひろしさんが献歌「生みの親。出会っていなければ、今の私はない」

山口洋子(やまぐち・ようこ)

 1937(昭和12)年5月10日、名古屋市出身。高校中退後、57年に東映ニューフェース4期生に。同期には佐久間良子、山城新伍らがいた。その後、東京・銀座でクラブ「姫」を開店。60年代後半から作詞活動を開始し、「よこはま・たそがれ」(71年)などのヒット作を連発。作曲家の平尾昌晃氏とは「ゴールデンコンビ」と呼ばれた。80年代に小説の執筆活動も始め、85年に「演歌の虫」「老梅」で直木賞を受賞した。

主な参列者

 伊集院静、権藤博、カルーセル麻紀、五木ひろし、中条きよし、衣笠祥雄、加藤和也、山本浩二、星野仙一、田淵幸一、北の富士勝昭、坂本冬美、岡千秋、林真理子、川淵三郎、江夏豊、江本孟紀、小早川毅彦、高橋慶彦、木戸克彦、林家ペー、デヴィ・スカルノ (敬称略、順不同)

(紙面から)