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涙で恨み節…宮根誠司「たかじんさん、なに死んでくれてんねん」

涙を必死でこらえながら、やしきたかじんさんとの思い出を語った宮根誠司=大阪市中央区(撮影・澤野貴信)

涙を必死でこらえながら、やしきたかじんさんとの思い出を語った宮根誠司=大阪市中央区(撮影・澤野貴信)【拡大】

 収録後には「楽しかった。また頼むわな」とねぎらいの言葉まで。「僕みたいな人間に?」。誇らしくもあり、少し寂しくもあったという。

 大阪・朝日放送入社2年目で「お前、アホやけど元気がある」と初めてラジオのレギュラー番組を持たせてくれた。フリー転身の際も社長に直談判して背中を押してくれた。数え切れないほど連れていってもらった酒席では「いっぱい怒鳴られ、いっぱいどつかれ、互いに胸ぐらをつかんだことも」。そこでする話はテレビ、ラジオ、司会者についてばかりだった。

 「あの人がいなかったら今の僕はない。いつも突っ張ってカッコ良く、人に弱みをみせない。風のように去っていくのはたかじん流なんでしょうね。でも、“なに死んでくれてんねん!?”って。お礼も言うてないし…」

 65歳になったらコンサートをやると話していたたかじんさんは、その司会を宮根に依頼していた。楽しみにしていた「来年」はもう来ない。

(紙面から)