2013.3.14 21:14(1/5ページ)

【軍事のツボ】松島基地の航空機が津波に流されたワケ

特集:
軍事のツボ

 2011年3月11日に発生した東日本大震災から2年が過ぎた。広大な地域を津波が襲ったが、自衛隊も陸自の多賀城駐屯地や空自の松島基地が津波に飲まれた。なかでも松島基地は所在のF-2B戦闘機など28機が水没したほか、レーダー、整備機材などがダメになり、航空基地機能を喪失した。地震発生から津波到達までの間に航空機を離陸させて避難できなかったのかという声は未だに散見される。松島基地が当時どのような状況にあり、航空機などの避難は可能だったのかを改めて検証したい。

 松島基地の話を元に2011年3月11日の様子を時間を追って再現してみる。

 午後2時ごろ、松島気象隊から天候悪化の予報が出された。「午後3時以降、視程が1000メートル以下になる」という内容で、以降の飛行訓練は中止。エプロンにあった航空機の格納庫への収納作業が始まる。その最中の同46分ごろ、地震が起きた。

 「本震だけでなく、余震も断続的に起きていて、実感としては4~5分間揺れっぱなしという感じだった」(松島基地渉外室長、大泉裕人3佐)

 揺れている間、航空機には近づくことはできなかった。サスペンションやタイヤの作用で機体が上下に大きく揺れる「ポンピング」を起こしており、地面と機体に挟まれる恐れがあったからだ。

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