2012.12.19 05:00

【末代までの教育論】人を動かす 心を動かす

特集:
末代までの教育論 野々村直道(前開星高校野球部監督)

 米大リーグ挑戦か日本ハム入りかで注目されていた、花巻東高の大谷翔平君が日本ハム入りを表明した。私は日本のプロ野球を経験してからでも遅くはないのと、スター候補生がそのままアメリカに流出するのは口惜しく思っていたので、大歓迎である。

 あれだけ大リーグ挑戦を強く決意していたのに翻意した裏には、日本ハム球団の戦略と組織力がある。説得を試みる過程における球団側が示した資料は、緻密で合理性がある。メジャーへの憧れが先行していた彼が知り及ばない世界を、開示してみせた。年俸が破格であるとか、環境が良いとかという単純な問題ではない。彼の心の深部に潜む不安をえぐり出し、解決してみせた。失礼ながら他球団では落とせなかったと思う。

 もう一つは栗山英樹という監督である。彼の創価高時代の監督、稲垣人司氏(故人)が私の野球の師でもあった縁で高校生の頃から知己を得た。長いつきあいなのだが彼は聡明(そうめい)で誠に謙虚である。何よりも人の話をうまく引き出す能力にたけている。彼が直接交渉に出かけて語りかけたことも、大きな要因となったことだろう。

 「大リーグ挑戦を翻意させるためにきたわけではない。大谷君の“大変な決心”をどうやったらわれわれが手伝えるか」と語ったという。プロ野球の監督という地位に立つ者が簡単に言えるセリフではない。

 私は開星高校を強くするため、優秀な中学生を勧誘させてもらった。過去には犯罪のように報道された私学の特待生制度も、開星の場合、授業料を免除しても公立高校よりまだ高いのだ。だから金銭的条件はないに等しい。3年間どういう野球をするのか、どんな夢と志を持って過ごすのかと、彼らの心の中に入って魂をゆさぶってやらなければならない。

 「この学校なら、この人となら」と思ってもらえる、“心の条件”を満たす交渉術が最大の武器となるのだ。勧誘は人の心を動かすのだから、人間力を発揮して“心の条件”を満たすことが要求されるのである。

 日本ハムもそこに成功したというわけだ。物(金銭)や環境を提示しただけで簡単にいくものではない。この度の入団に関して、批判的意見も多くあると聞く。しかし、単純な理屈で非難するやつらは心して言え! 入団を決めて尚、栗山監督は「喜びより責任の重さが高まっている。去年、監督を引き受けたときよりもっと怖くなってきている」とコメントしている。この覚悟がわかるか!! 物量作戦で強くなると高をくくっている球団が多い中、栗山監督は稀有な指揮官である。だから、プロの世界でコーチ経験もなく1年目でリーグ優勝という快挙をやってのけた。大谷君と日本ハム球団のこれからを興味深く見守っていきたい。 (毎週水曜日掲載)

(紙面から)