「時間」の壁を越えるロシアの極超音速ミサイル

軍事のツボ
モスクワの指揮所ではプーチン大統領らがアバンガルド発射の瞬間を見守った(Sputnik/Mikhail Klimentyev/REUTERS)

 2018年12月26日、ロシアは極超音速滑空ミサイル「アバンガルド」の発射実験に成功したと発表した。このミサイルは最高速度マッハ20で、約6000キロ離れた目標地点に着弾したという。極超音速滑空ミサイルは日本や米国が配備しているミサイル防衛(MD)では対処不可能といわれ、従来の戦争のあり方を大きく変える「ゲームチェンジング・ウエポン」の一つ。こうした兵器は日本の「専守防衛」のありかたを根底から変えてしまうかもしれない。

 ロシアのプーチン大統領がモスクワの国防省にある指揮所でモニターを見つめていた。そこには中部オレンブルク州にある大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射サイロが映っており、液体燃料式のICBM、NATOのコードネーム「SS-19スティレット」(ロシア名UR-100N)が発射。

 さらにこのICBMの弾頭から分離した極超音速滑空ミサイル「アバンガルド」は、高度100キロより少し低いところをマッハ20で飛行。約6000キロ離れた極東カムチャツカ地方の演習場に着弾。実験は成功したと発表された。速度がマッハ27に達したとの報道もある。

 「極超音速」とはマッハ5以上と定義されているが、現在、極超音速兵器で実用化が進められているのは極超音速滑空ミサイル(滑空ミサイル)と極超音速巡航ミサイル(巡航ミサイル)があり、ともにマッハ10~20を出す。

 両者の違いは前者が1万キロレベルの射程を持つことから戦略レベルの兵器であるのに対し、後者は数千キロの射程で戦術、作戦(戦域)レベルの兵器ということにある。具体的に言えば、滑空ミサイルは米国の都市やICBM発射サイロなどを狙う。巡航ミサイルは米空母などを撃破することが想定されている。

 滑空ミサイルは、宇宙空間(おおむね高度100キロ以上)に大陸間弾道弾(ICBM)のロケット部分を利用して打ち上げられ、くさびのような形をした弾頭部分が切り離されて降下。宇宙空間と大気圏の境目(高度100キロ前後)より少し下の大気が非常に薄いところを滑空飛行する。速度はICBMと同等のマッハ20前後。滑空中には上下左右に軌道の変更も可能。

 米軍のハイテン戦略軍司令官が2018年の議会での証言で「守る手段がない」と述べているほどで、撃墜は非常に困難とされる。つまり現在のMDは役に立たず、この点がゲームチェンジング・ウエポンたるゆえん。

 撃墜が困難な理由は主に二つある。一つは宇宙空間との境目に近い大気圏を飛ぶ点。もう一つはマッハ20という速度。そのため対応できる有効な迎撃ミサイルが現状では存在しないのだ。

 現在、MD用迎撃ミサイルのSM-3シリーズやGBIの弾頭部分の姿勢制御に使われるサイドスラスターは、宇宙空間で有効な構造であり、大気圏では姿勢や方向の制御ができない。

 THAADは大気圏での運用も可能なサイドスラスターを備えるが、対応できるのはマッハ10前後までとされる。PAC-3は大気圏での運用だが、射程が35キロほどと短い上に、対応できる標的の速度がマッハ9前後以下。

 さらに、レーダーによる探知にも大きな困難が伴う。イージス艦やイージスアショアなどのレーダー位置は地表面近くにあるうえ、地球は球形でしかもMDで使われるXバンドなどのレーダー電波は直進性が非常に強いため、水平線の向こうは探知できない。ということは滑空ミサイルは近くに接近しないと探知できないことになる。そのうえ極超音速となれば対処時間はごくわずかしかない。

 もうひとつの巡航ミサイル。開発が明らかになっているのはロシアの「ツィルコン」で、対艦攻撃用の戦術ミサイルとされる。こちらは滑空ミサイルよりもさらに低い高度なので、レーダーによる探知は困難さを増す。

 極超音速ミサイルへの対処法は今後の重要課題だが、米国防総省は2019年1月17日に発表したミサイル防衛見直し(MDR)で対策について取り上げている。

 まずは、宇宙空間に多数の追跡用センサーを配置し、極超音速ミサイルを発射直後(ブースト段階)に補足する能力の向上に取り組む。続いて近い将来、ブースト段階でレーザーなどの指向性エネルギー兵器により撃破することを目指すとしている。

 一方、米ロッキード・マーチン社はTHAADの能力向上型THAAD-ERを提唱している。これは当面、現実的にとりうる手段ではあるが、将来は指向性エネルギー兵器が本命となるのは間違いない。

 “無敵”に思える極超音速ミサイルだが、実用化のハードルは高いため、ロシアの開発成功の発表が完全に信じられているわけではない。極超音速では機体が空気を押しつぶす断熱圧縮により機体表面温度は1600~2000度になるため、機体の材料にはアルミなどは使えず、チタンなどになる。耐熱タイルも必要だ。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は極超音速ターボジェットエンジンの研究開発をすすめているが、マッハ5でも機体が1000度前後になるため搭載燃料の液体水素が気化してしまうので、冷却が必要。エンジン内部に取り込む空気も冷却しなくてはならないという。

 機体周辺の空気が高温によりプラズマ化するため、通信に障害が出て誘導は困難になる。これをどう乗り越えるのか。中国の対艦弾道ミサイルDF-21が大気圏再突入後も弾頭を誘導するとされているものの、本当に誘導ができているのか疑問が呈されているのは、この点があるから。

 とはいえ、極超音速ミサイルは戦争のあり方を変える「ゲームチェンジング・ウエポン」の一つだ。このほかに指向性エネルギー兵器、サイバー攻撃なども含まれ、これらに共通するのは「時間の壁」を超えられること。つまり、攻撃のボタンを押して、その攻撃手段が相手に届くまでの時間が従来の兵器とは桁違いに短い。なかでもサイバー攻撃や指向性エネルギー兵器は「即時」。

 これは先制攻撃をした側が強い反撃を受ける可能性が非常に低くなることを意味する。現在のICBMでは発射から着弾まで30分前後の時間がかかる。だから相手の発射を探知すれば、着弾前にこちらもICBMを報復用に発射することができる。この「反撃の可能性」が先制攻撃を思いとどまらせる抑止力の一つになっている。

 ところが、先に攻撃した側が一瞬で相手の戦力を無力化できるとなれば、先制攻撃への誘惑は強くなる。未来の戦争では開戦へのハードルが低くなり、しかも始まると一瞬で片が付いてしまう可能性が高い。

 近い将来、日本が国是としてきた、攻撃されてから反撃する「専守防衛」の概念が成り立たなくなるかもしれない。(梶川浩伸)