“落語界の松井秀喜”三遊亭歌武蔵の特大ホームラン級の話芸に注目/芸能ショナイ業務話

 
“落語会の松井秀喜”、三遊亭歌武蔵の話芸も、メジャー級のおもしろさです

 夏の風物詩、全国高校野球選手権を前に地方大会が佳境を迎えている。かつて野球担当記者をしていた私は、この季節が大好きだ。しかも第100回という記念すべき大会。石川・星稜高の2年時から取材していた元ヤンキースの松井秀喜さんが開幕戦で始球式を行うこともあり、例年以上に心が躍る。

 現在は文化報道部で落語や舞台のコラムも担当する身。そんな折「松井似の落語家さんがいる」との情報を耳にし、以前から気になっていた三遊亭歌武蔵師匠(50)の落語会に出掛けた。7月16日、横浜にぎわい座。登壇の瞬間、確信した。そっくりだ。野球でいえば会心のタイムリー。いや、値千金弾だ。

 演目は夏にふさわしく「化け物使い」。人使いが荒く奉公人が長続きしないご隠居が、お化けがでる家に転居。そこでもご隠居は怖がるどころか、お化けたちをこき使う。そして、さまざまなお化けに扮していた1匹の狸が、最後に「ご隠居、お暇をください」と泣きながら懇願するオチだ。

 松井秀喜は白球を自在にあやつった。歌武蔵師匠は1メートル81、125キロの見るからに強そうなその体を駆使し、噺の中のお化けたちを話芸と所作で見事にあやつっていた。家事をさせたり、肩をもませたり。見えないはずのお化けたちを圧倒、説得力のある高座だった。

 強そうな肉体には“歴史”が刻まれていた。中学時代は生まれ育った岐阜県の柔道チャンピオンで、1983年3月に武蔵川部屋へ入門。貴闘力と同期で、森武蔵のしこ名でデビューした元力士だ。けがに泣かされて半年で廃業したが、松井同様、アスリートという共通点を持つ。

 そして同12月に三代目三遊亭圓歌に入門、98年に真打昇進した。落語に入る前の冒頭あいさつは「ただいまの協議について、説明いたします」-。相撲で物言いがついた際の審判長の場内説明の言葉で、この日も客席をわかせていたが、根拠ある笑いなのだ。最強ネタだという「支度部屋外伝」も聞いてみたい。

 終演後の歌武蔵師匠と話が弾んだ。「自己紹介で『本名は松井秀喜です』というパターンもあります」と、さらに笑わせていただいた。

 かつては寺内貫太郎(小林亜星演じるドラマの主人公)やプロゴルファーの川岸良兼選手に似ていることを売りにしていたと話すが、90年代に女流三味線漫談家の立花家橘之助(57)から「松井に似ている」といわれて以来、たびたび松井ネタを盛り込んでいる。

 師匠が50歳。松井が44歳。時系列的にいえば松井が師匠に似た?というのが正解なのかもしれないが、顔が似ている=骨格も近いのか。

 「今年の甲子園には星稜高校が出るんですよね。自分は岐阜出身ですが、星稜も応援しています。いつか会ってみたいですね」

 こう話した歌武蔵師匠の、高音になったときのくぐもったような声が、これまた“松井モード”だったことにも驚いた。

 まもなく始まる東京・国立演芸場での8月上席(1~10日)の昼席、夜席に出演。特大ホームラン級の話芸が高座で待っている。(山下千穂)

三遊亭歌武蔵(さんゆうていうたむさし)

 1968(昭和43)年3月15日、岐阜市出身の50歳。本名は若森正英(まさひで)。1983(昭和58)年、武蔵川部屋(元横綱・三重ノ海)に入門も、けがで半年で廃業。同12月、15歳で三代目三遊亭圓歌に入門。海がない岐阜出身とあって海に憧れ、94(平成6)年4月、海上自衛隊横須賀教育隊へ入隊。同11月、アフリカのザイール(現コンゴ民主共和国)・ゴマへ激励慰問。98(平成10)年3月、真打昇進。04年、国立演芸場花形演芸会金賞、彩の国落語大賞受賞。古典のほか、力士時代のエピソードをしたためた「支度部屋外伝」や、自衛隊時代の話をまとめた「PKOの穴」など新作にも個性を生かす。趣味はゴルフと読書。プロ野球のヤクルト、楽天ファン。出囃子は勧進帳。落語協会所属。

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