2019.11.10 05:00

【甘口辛口】取材した女性からの23年前のお礼状 仕事をしていく指針となった末尾の一節

【甘口辛口】

取材した女性からの23年前のお礼状 仕事をしていく指針となった末尾の一節

 ■11月10日 記者生活の間に、たまに読者からお便りをいただいた。そのはがきの消印は1996年2月16日。九州在住の先生からのお礼状だ。オリックス宮古島キャンプで、球場を訪れた女性ファンを直撃する連載企画があった。三塁側スタンドに座っていた二人連れの若い女性に話を聞き、掲載紙を送る約束をした。

 はがきには新聞が14日に届き、バレンタインの素晴らしいプレゼントになったこと、「宮古の夢のような3日間から現実に引き戻されつつあったときに、またあの青い空を思い出させていただきました」とつづられていた。そして「どういう記事になるのか、本当に載るのか、約束は守ってくださるのか、少々不安に思っていました」と続く。

 お恥ずかしい限りだが、きっと先生に、この人、大丈夫だろうかと感じさせるような取材をしていたのだろう。幸い記事の出来は悪くなかったようで、「今は二重三重に喜びが増しました。私達の宝珠の思い出になりました」と過分な言葉をいただいた。

 教員として忙しい日々を送る中、ようやく取れた休みを利用しての、友人との宮古島旅行。イチローブームに沸くオリックスキャンプをふとのぞいてみたら取材を受けた。偶然の出会いで自分の名前と写真が新聞に載る。その重みは、作る側にいるとつい忘れがちになる。

 大阪本社が梅田から難波に移転しても、はがきは引き出しにずっとあった。残しておいたのは、末尾のこの一節のためだ。「ちなみに私の学級通信は“誠実”といいます」。仕事をしていく指針として、すんなり心に納まった。23年後の今、先生に採点してもらったら何点だろう、と思う。赤点でなければ、上々なのだが。 (親谷誠司)