2019.7.26 05:00

【甘口辛口】55年前の青いユニホームに、五輪成功へ奮闘する裏方への感謝強まる

【甘口辛口】

55年前の青いユニホームに、五輪成功へ奮闘する裏方への感謝強まる

 ■7月26日 東京・両国の江戸東京博物館の特別展「江戸のスポーツと東京オリンピック」に行った。江戸の“スポーツ事情”や、1936年ベルリン五輪棒高跳びの大江季雄と西田修平がお互いの健闘をたたえて銀・銅メダルを半分に割ってつなぎ合わせた「友情のメダル」、日本人初の五輪の金メダル(織田幹雄の28年アムステルダム三段跳び)などの多彩な資料を展示しており興味深かった。

 数ある“お宝”の中で、個人的に一番感動したのは青いジャケットだった。64年東京五輪の、赤い日本代表選手公式ユニホームと並んでいたそれは競技役員用。「東京大会では、運営に携わるスタッフにも制服が作られた。本資料は競技役員や審判員用に作られたもので、選手用の赤に対し、鮮やかな青を採用している」との説明が添えてある。

 裏方の制服を飾ってあることがうれしかった。亡き父もそれを着て55年前の五輪に臨んだ。実家に大切にしまってある背広の裏を見ると、東洋レーヨン(東レ)の生地で三越が仕立てたことが分かる。絹に似せて作った再生繊維「レーヨン」とポリエステル繊維「テトロン」を使ったのは当時、最先端の衣料だったからだろう。

 東京・世田谷の駒沢オリンピック公園にある「東京オリンピックメモリアルギャラリー」で閲覧できる開会式の映像に目をこらすと、画面の端に青いジャケットを着た人が一瞬、見える。父はバスケットボールの競技役員だったのでそこにいたはずがないが、その姿を父と重ね合わしてしまう。

 2度目の東京五輪の開幕まで1年を切った。誇らしげに青い背広の袖を通したであろう父を思うと、1年後の成功のために奮闘する裏方への感謝の念が強まる。(鈴木学)