2018.10.2 05:00

【甘口辛口】立つ鳥跡を濁した貴乃花親方…原点思い出し、いい人材育てて

【甘口辛口】

立つ鳥跡を濁した貴乃花親方…原点思い出し、いい人材育てて

 ■10月2日 もう35年ほど前のことになる。小学校5年になった花田光司君が、わんぱく相撲の前年優勝者として蔵前国技館(当時)で披露する横綱土俵入りの稽古をしていると聞いて当時の藤島部屋に取材に行った。すると母親の花田憲子(藤田紀子)さんが「ごめんなさい。今日は戸田(埼玉)の道場に出稽古にいってます」。

 戸田に飛んで「土俵入りの写真を…」と頼むと、目を輝かせながら雲竜型のせり上がりをみせてくれた。心は土俵入りの夢かなわず引退した尊敬する父貴ノ花だったのか。名大関の父は昭和56年に引退したが、その名は光司の中で脈々とつながり「ノ」が「乃」に変わった。そして10月1日限りで相撲界から消えた。

 「引退届」でなく「退職届」でないと駄目、などと貴乃花親方が提出した書類には何度も協会から物言いがついた。協会としては代理人任せの親方の真意をはかりかねた物言いで時間を稼いだようにも見えたが、振り返ると親方と八角理事長(元横綱北勝海)とは一度も話し合いがなく書類のやりとりばかりだった。

 もう何をいっても始まらないが、何事もまず双方が納得するまで話し合い、その後書類で確認だろう。八角理事長は「協会としては直接会って話を聞きたいと思っていた」と語り弁護士などを通じて何度も働きかけたという。しかし、親方はかたくなに拒否し続けた。大横綱にしては立つ鳥跡を濁したのは残念だった。

 幸い「入門する子を少しでも増やしたい」と親方は子供の指導に意欲を見せている。かつて出稽古した戸田の道場も戸田市相撲連盟少年部と名前を変え、子供たちが汗を流している。貴乃花の原点を思い出し、いい人材を育ててもらいたいものだ。 (今村忠)