2014.11.9 04:00

【甘口辛口】桂小金治さんのテレビ界進出の陰には、意外な人物の後押しがあった

■11月9日

 昭和のテレビ界を代表する風雲児の1人だったと言っても、過言ではない。落語家でタレントの桂小金治さんが3日、肺炎のため亡くなった。享年88。ひょっとこのように口をとがらせ、喜怒哀楽をあらわにした姿が懐かしい。最近あまり見かけない熱血人情派として親しまれたが、テレビ界進出の陰には意外な人物の後押しがあった。

 落語界から俳優に転身後、数多くの映画で共演した俳優、故石原裕次郎さんだ。1960年代のある日。一緒に自宅で酒を飲んでいたとき、訪ねてきたテレビ局の人からワイドショーの出演を打診された。何度目かの依頼で「やったことねえから、断ってるんだ」と言うと、石原さんから「意気地なし」と一喝されたという。

 その理由は「師匠らしくもない。『物事はやってみないと分からない。できるまで頑張るのが人間の道だ』と言ってたじゃないか」。8歳年下の大スターのはげましに対する感謝の思いは生涯、忘れなかった。66年から出演した「桂小金治アフタヌーンショー」の司会は7年以上も続いた。

 75年からは約12年間、離別家族を再会させる「それは秘密です!!」の司会を担当。番組を長く続けられた裏には地道な努力もある。スタッフが全国を走り回って調べた資料を丁寧に読み込み、番組で使うナレーションを自分で書いた。晩年は落語や講演、父親仕込みの草笛でお年寄りたちに唱歌「故郷」などを聴かせていた。

 人を喜ばせることが何より好きで、周囲への感謝をいつも忘れなかった。最期は病室で夫婦水入らず。妻の感謝の言葉に、話せない口で「こちらこそ」と言うようにうなずき返して息を引き取ったのは、天の恵みだったのではないか。(森岡真一郎)

(紙面から)