村田修一の引退試合に感じたあたたかさに江夏氏の「一本杉伝説」を思い出した

甘口辛口
村田修一

 ■9月11日 かつて阪神、南海、広島など5球団を渡り歩いた江夏豊投手は引退後、どの球団も引退試合を主催しようとはしなかった。そこで名球会有志らが音頭をとって1985年1月、東京・多摩市の一本杉球場で山本浩二、落合博満らそうそうたる顔ぶれが集まって引退試合が開かれ超満員となる2万人の観客が集まった。

 WBCで日本代表の4番も打った村田修一(37)の9日の引退試合は栃木・小山運動公園野球場が舞台となった。在籍するBCリーグ栃木の今季最終戦。巨人の同僚からはフラワーボードが贈られ、最後まで全力プレーを見せた村田は「BCに来て1年間野球ができてよかった」と満員のファンにあいさつした。

 関係者に聞くと巨人時代は後輩を食事に連れていくなど面倒見もよかったという。その前の横浜(現DeNA)時代は、お山の大将。練習をさぼったりコーチに反抗したりと素行に難があったとか。いかつい風貌で損をしているのか昨年末自由契約になった後、引き取り手がなかったのは横浜時代の評判が尾を引いたとの憶測を呼んだ。

 今季限りの引退を表明した広島・新井貴浩(41)は同じ三塁手で背番号も同じ25。FA権を得て迷いに迷って広島から阪神に移籍したとき「カープが好きだから辛い」と会見で涙した。一方の村田は「優勝したい」と横浜から巨人にFA移籍した。どちらも本音だったろうが、その表し方に人柄が出た感じだ。

 その後、新井は広島に復帰し温かく迎えられた。村田は望んでいたDeNA復帰は叶わなかったが、いまだに語り継がれる江夏氏の「一本杉伝説」を思わせる温かい引退試合は、そのギャップを埋めて余りあるといえるかもしれない。 (今村忠)

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