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東海大相模、センバツ初の“父子鷹”V!名将・門馬監督、次男・功と歓喜

東海大相模、センバツ初の“父子鷹”V!名将・門馬監督、次男・功と歓喜

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センバツ高校野球
門馬家の夢は続く。門馬監督(左)は優勝旗を手にした功に視線を送った (撮影・水島啓輔)

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 “父子鷹”では計4度甲子園に出場し、1975年春の準優勝が最高成績だった原貢監督、辰徳(現巨人監督)を超えた。愛情に裏打ちされた厳しさ。勝利への執念。門馬監督は原貢野球を礎にしてきた。閉会式で優勝旗を受け取る息子の姿に「一瞬だけ、監督でもあり、父でもあるということを考えた」と言葉を詰まらせた。

 家族の絆は固かった。決勝前。門馬家のグループラインに、1件のメッセージを入れた。ともに戦い、支えてくれた妻と3人の子供たちへ。したためたのは感謝の言葉だった。家に帰れば一人の父親。子供たちが幼い頃はクリスマスならサンタの格好で喜ばせ、節分なら鬼の面をかぶった。父と末っ子の晴れ舞台。妻の七美枝さん(52)の瞳には試合前から涙が浮かんでいた。

 昨年2月。新型コロナウイルスの感染拡大と時期を同じくして、野球部寮が取り壊された。新たな寮は学校から徒歩10分の集合住宅。学校の敷地内に自宅を構えていた門馬監督は、一家で寮に引っ越すことを決めた。

 6畳ほどの1ルームを3部屋借り、妻と長女との新生活。緊急事態宣言下では全体練習が約2時間に。「安心安全の確保にかなり労力を使った。選手をより見るようになった」。選手には免疫力を高める睡眠や入浴を勧めた。

 コロナ禍で出場がかなわなかった昨年の3年生の分まで、戦い抜いた。功は「(父と優勝し)終わった後は少し特別な感じがした。また一から、チームとしてやっていければ」と話した。「毎日が苦労、発展、進歩。夏へ向けて前を向きながら鍛えていく。この繰り返し」と門馬監督。門馬家の夢には、続きがある。(箭内桃子)