2021.2.24 05:02

巨人・会田巡回投手コーチ、父・照夫氏と安田猛氏の絆を明かす「引き寄せられるものがあったのかな」

巨人・会田巡回投手コーチ、父・照夫氏と安田猛氏の絆を明かす「引き寄せられるものがあったのかな」

現役時代の会田さん。1978年にはヤクルト球団初のリーグ優勝、日本一に貢献した

現役時代の会田さん。1978年にはヤクルト球団初のリーグ優勝、日本一に貢献した【拡大】

 巨人は23日、会田有志・巡回投手コーチ兼トレーニング統括(37)の実父で元ヤクルト投手の会田照夫(あいだ・てるお)氏が22日午後6時19分に虚血性心不全のため、埼玉・春日部市内の病院で死去したと発表した。73歳。通夜・告別式は近親者のみで執り行われる。喪主は妻・由美子(ゆみこ)さん。

 埼玉県出身。上尾高、東洋大、三協精機を経て1971年ドラフト8位でヤクルトに入団し、下手投げからの速球を武器に76年には10勝をマーク。78年には20日に胃がんで死去した安田猛氏とともに先発ローテーションを守り、球団初のリーグ優勝、日本一に貢献した。

 80年に現役引退後は家業の材木業を継いだ。通算成績は273試合で29勝45敗、3セーブ、防御率4・34。2007年には三男の会田コーチが巨人でプロ初勝利を挙げ、プロ野球史上初となる親子での1軍勝利を飾った。

★安田さんの話「よく聞かせてくれた」

 巨人・会田巡回投手コーチが父・照夫氏と、20日に胃がんで死去した安田猛氏の絆を明かした。

 「父にとって安田さんは親友のような存在。安田さんと同じサイドスローだった私にも、よく話を聞かせてくれました」

 1978年にヤクルトを球団初のリーグ優勝、日本一に導いた二人はともに1947年生まれ。照夫氏が80年に引退後、実家の材木業を継いでからも交流が続いた。20日に死去した親友を追うように天国へ旅立った父に「偶然なのでしょうが、何か引き寄せられるものがあったのかな」と思いをはせた。会田コーチは野球を愛した父の思いをくみ、帰京せずにこの日も宮崎キャンプで指導に当たった。(谷川直之)

会田 照夫(あいだ・てるお)

1947(昭和22)年6月5日生まれ。埼玉県出身。上尾高から東洋大、三協精機を経て71年ドラフト8位でヤクルト入団。1年目から35試合に登板し6勝を挙げ、76年には自己最多の10勝をマーク。80年に現役を引退。通算成績は273試合に登板し、29勝45敗3S、防御率4・34。引退後は家業の材木業を継いだ。右投げ右打ち。三男の有志氏は元巨人選手で、現在は巨人の巡回投手コーチ兼トレーニング統括。