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高津ヤクルト、天国の安田猛さんへ白星捧げた 同じ左腕の石川「僕らの指標を作ってくれた人」

高津ヤクルト、天国の安田猛さんへ白星捧げた 同じ左腕の石川「僕らの指標を作ってくれた人」

思いは継承される。高津監督(左)は試合後のミーティングで選手に語りかけた(撮影・今野顕)

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 ヤクルトは21日、現役時代に左腕エースとして通算93勝を挙げた球団OBの安田猛(やすだ・たけし)氏が、20日午前2時半、胃がんのため、東京都内の自宅で死去したと発表した。73歳。葬儀・告別式は家族葬で執り行う。チームはこの日、楽天との練習試合(浦添)で、投手陣が踏ん張り、5-2の勝利。投手コーチ時代の教え子で、背番号22を引き継いだ高津臣吾監督(52)が亡き恩師へ、白星を捧げた。

 青空の浦添から、勝利を届けた。20日午前2時30分に球団OBの安田猛さんが死去。一夜明け、チームは今春の対外試合で3戦3勝としたが、高津監督は満足していない。天国の恩師へ、チーム再建を固く誓った。

 「本当に(公式戦で)チームが勝とうとしたら、もっともっと、というところ」

 鍛錬を積んだ選手時代の思い出が脳裏をよぎった。高津監督にとって、安田さんは新人時代(1991年)の1軍投手コーチ。独特のサイドスローで「ペンギン投法」と呼ばれた左腕投手の代名詞だった背番号22も受け継いだ。

 「すごく発想が豊かというか、いろいろなことを1年目の僕に教えてくれました。同じ技巧派として共感できることがたくさんあった。常に前向きで、常に熱いという印象が強いです」

 守護神として日米通算313セーブを挙げる道筋を作ってくれたのが、昨年2月に死去した野村元監督と、安田さんだった。昨年1月の球団OB会では、がんで闘病中だった恩師から「頑張れよ。俺もこんなになったけど、まだまだ頑張るよ」と激励を受けた。

 安田さんは左腕エースとして、78年に球団初のリーグ優勝と日本一に貢献。投手コーチとして90年代の黄金期の礎を築き、スコアラーとしても野村ID野球の中心的存在だった。スカウト、編成部長なども歴任。チーム内でお世話になった人は数え切れない。この日、先発した石川もその一人だ。

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