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松岡弘さん、“盟友”安田猛さんの早すぎる死に悲痛「お互い切磋琢磨…一番の思い出は78年日本一」

松岡弘さん、“盟友”安田猛さんの早すぎる死に悲痛「お互い切磋琢磨…一番の思い出は78年日本一」

1978年10月4日、リーグ優勝の祝勝会で松岡弘投手(右)にビールをかけられる安田猛さん。左右のエースとして活躍した 

1978年10月4日、リーグ優勝の祝勝会で松岡弘投手(右)にビールをかけられる安田猛さん。左右のエースとして活躍した 【拡大】

 元ヤクルト投手の安田猛さんが死去したことを受け、現役時代の盟友で右のエースとして通算191勝を挙げた松岡弘氏(73)が21日、本紙の取材に応じ、故人との思い出を明かした。

 安田さんと松岡氏は1947年生まれの同い年。入団年は68年のドラフト5位だった松岡氏が4年先だったが、左右の両輪として、78年のリーグ初優勝、初の日本一を支えた。

 「一番の思い出はやはりあの一年。78年の日本一です。お互いに切磋琢磨をして優勝できたことがよかった」

 右の本格派で、186センチの長身から投げ下ろす松岡氏と技巧派左腕の安田さん。78年は松岡氏がシーズン16勝、安田さんが15勝を挙げた。

 阪急と対戦した同年の日本シリーズで、第1戦は安田さんが先発して、5-6で惜敗。第2戦は松岡氏が勝利投手となった。3勝3敗までもつれ込み、10月22日の第7戦は松岡氏は完封勝利。ベンチから飛び出してきた安田さんと熱い抱擁を交わした。

 訃報は20日夕に届いた。以前から、本人に「がん、だから」と聞いてはいたが…。

 「律義で、とにかく曲がったことが大嫌いな奴でした」

 引退後も、顔を合わせては当時の話で盛り上がった。最後に2人が会ったのは、昨年1月のヤクルト球団の新年会。盟友の早過ぎる死に、普段は快活な松岡氏も言葉少なだった。

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