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【番記者プロデュース】ソフトB・小久保ヘッド伝説 若かりしころから知る3人が語る

【番記者プロデュース】

ソフトB・小久保ヘッド伝説 若かりしころから知る3人が語る

特集:
番記者プロデュース

 本紙の各担当記者がお届けする「番記者プロデュース」。第6回は、ソフトバンク担当・竹村岳記者(25)が球団に復帰した小久保裕紀ヘッドコーチ(49)を徹底分析。若かりしころから知る3人に、“伝説”を語ってもらった。「練習の虫」と呼ばれた小久保ヘッドは、いかにしてミスターホークスになっていったのか。

 まずは渡辺秀一3軍スコアラー。神奈川大時代の1992年、大学日本代表で初対面したときを、こう振り返る。

 「同級生には見えなかったです。同じ学生でも大人っぽいというか。オーラがありました」

 日の丸の中でも際立つほど力強い空気を放っていたようだ。印象深いのはロングティーで誰よりも遠くに飛ばす姿。ホームからバックスクリーンに軽々と運ぶ姿に「すごい、よく飛ばすなと驚きました」。アマチュア離れした才能だった。

 94年にドラフト2位(逆指名)でプロ入り。99年のダイエーとしての初優勝に貢献した。ともに常勝の礎を築いた、1歳下の村松外野守備走塁コーチが振り返るのは、まだホークスが高知の東部球場で春季キャンプを行っていたときのこと。

 「最初に球場にきて、最後まで練習をする。その姿がすごかったです」

 午前8時にはホテルを出発。ストレッチなどで準備すると、日が暮れるまでロングティーを中心にバットを振り込む姿が今も忘れられない。「見習って、僕もついていくようになりました」と村松コーチ。その後は自主トレも同行するようになった。先輩が後輩に背中を見せる。若かりしころから、ホークスの伝統を体現していた。

 94年オフにはともにハワイのウインターリーグに参加。ハンバーガーなどのジャンクフードも食べながら、武者修行の日々を過ごした。ある遠征ではホテル側の手違いか、なんと小久保ヘッドと同室に。同じダブルベッドで寝ることになった。「そのころはもう緊張するようなあれではなかったですけど、変な感じでした」と懐かしそう。今ではもう、笑い話の一つだ。

 猛練習が語り草だった小久保ヘッド。「練習中、俺に話しかけてきたやつなんておらへんよ」と笑いながら振り返っていた。実際の印象を本多内野守備走塁コーチに聞いてみた。

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