2020.10.1 12:00

【球界ここだけの話(2102)】アベノマスクと「甲子園の土」

【球界ここだけの話(2102)】

アベノマスクと「甲子園の土」

特集:
サンスポ記者の球界ここだけの話
1984年夏の甲子園大会の土と当時の法政一高のユニホーム

1984年夏の甲子園大会の土と当時の法政一高のユニホーム【拡大】

 プロ野球阪神と阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)が全国の高校野球部と女子野球部に贈った「甲子園の土」入りキーホルダーが、フリーマーケットアプリ「メルカリ」に相次いで出品され、いまだに波紋が広がっている。球界関係者からは「善意を踏みにじる行為」と批判の声が多くみられる一方で、「球児全員が甲子園を目指しているわけではない。思い入れのない者にはただの土。アベノマスクのように“ありがた迷惑”に感じる球児がいても当然」との意見もある。そこで、かつての甲子園球児たちに「持ち帰った土を現在どうしているのか?」を聞いてみた。

 「そもそも持ち帰らなかった」「家中を探せば、どこかにあるはずだが…」などの回答も多かった中、「今、目の前にあります」と話してくれたのが渋倉崇行氏(48)=桐蔭横浜大大学院教授=だ。同氏は新潟南高3年時の1989年夏の甲子園に4番打者として出場。持ち帰ったベンチ前の砂は新潟県の実家に、マウンドの土は大学の研究室の机の上に置かれている。「仕事に対するモチベーションにつながりますね。自分にとって甲子園は目標の場所だったので、土はその目標を勝ち取った証し。精いっぱい努力して報われた経験をしたことで、これからの人生も大変なことがあるだろうけど、負けずに取り組んでいける」。一方で“メルカリ事件”については、「(甲子園の土を)配るということと、甲子園大会が中止となった球児の残念な気持ちに報いることとは違うのではないか?」と疑問を呈する。

 もう1人。昭和第一学園(西東京)の田中善則監督(53)も小瓶に詰めた土を自室に置いている。「時折、匂いが嗅ぎたくなって、開けてみます。夏の甲子園独特の乾いた土に匂いが今もしますね。そして監督としても甲子園に行きたい、生徒を連れていきたいという気持ちにもなります」。同監督は2年時の84年に法政一高の三塁手として甲子園春夏連続出場。清原和博(PL学園)が1試合3発を放った同年夏は3回戦まで進出したが、甲子園の土は青春の甘美な思い出ばかりではない。

 「実はグローブを失くして…。頭が真っ白になりました」。1回戦・境(鳥取)戦。延長十回2死まで無安打無得点に抑えられながら、サヨナラ本塁打で勝利。あまりにドラマティックな幕切れに対する高揚感に加え、先輩の道具運びに忙殺される中で、自身のグラブを紛失した。宿舎から公衆電話で甲子園球場に問い合わせたが見つからない。監督や3年生にはとても言い出せなかった。そこで新チームになったら使おうと思っていたミズノの原辰徳モデルの新グラブを手にした。もちろん、真新しいグラブは固く、手になじまない。上尾(埼玉)との2回戦でジャックルして併殺を取り損ね、鎮西(熊本)との3回戦ではスクイズの邪飛を落球。その夏から15年近く経った頃、“時効”として先輩に打ち明けたという。

 「甲子園の土を見ると、わずか2週間ぐらいのあの夏を鮮明に思い出します」。その小瓶には『第66回全国高校野球選手権 1984年8月18日 法政一VS鎮西 1-2敗退』と記されている。(東山 貴実)