2020.10.1 07:30

秋田商高時代の恩師、今でも思い出す若き日の姿…雪の中を2、3時間走っていたヤクルト・石川

秋田商高時代の恩師、今でも思い出す若き日の姿…雪の中を2、3時間走っていたヤクルト・石川

秋田商高時代の石川。3年夏の甲子園は1回戦の浜田高戦で和田(現ソフトバンク)に投げ勝った

秋田商高時代の石川。3年夏の甲子園は1回戦の浜田高戦で和田(現ソフトバンク)に投げ勝った【拡大】

 (セ・リーグ、DeNA3-5ヤクルト、20回戦、DeNA10勝9敗1分、30日、横浜)40代での初勝利を達成したヤクルト・石川雅規投手(40)に秋田商高時代の恩師、小野平(たいら)元監督(71)=元青学大野球部シニアアドバイザー=が祝福のメッセージを寄せた。エースの石川を擁して出場した1997年夏の大会をはじめ、監督として甲子園大会に通算8度出場している秋田屈指の名将は、精神力の強さの原点となる高校時代の逸話を明かした。

 プロ入りから19年連続の勝利は、本当にすごいことだと思います。

 勝てそうな試合を落としたときに励ましの電話を入れても、『粘れなかった自分が駄目です』と自分を責めていました。自分自身を追い込み、努力を惜しまない姿勢には本当に驚かされます。

 高校時代は下級生のときに打撃投手を任せていましたが、打撃投手として投げているうちに指先の感覚が鍛えられたのかもしれません。今でも思い出すのは、冬のグラウンドで膝よりも高く積もった雪の中を長靴を履いて2時間、3時間と走っていた姿です。

 当時は室内練習場がなかったのですが、室内練習場があるライバル校の環境をうらやましがった際に「ないものねだりをしても仕方がない。それなら、ライバル校の投手の倍走れ」と叱ったことがありました。当時から小さな体に反発心というか、強い気持ちがあったのでしょう。こちらが何も言わなくても、真っ暗な中を一人で黙々と走り続けていました。

 40代になりましたが、まだまだ若い。これから勝ち星を伸ばしていってほしいですね。 (談)

 

■小野 平(おの・たいら)

 1949(昭和24)年4月5日生まれ、71歳。秋田市出身。秋田商高から青学大に進学。卒業後は教諭となり、74年に能代商(現能代松陽)高の監督に就任。85年に夏の甲子園に初出場。95年に母校・秋田商高の監督となり、97年夏には石川(現ヤクルト)を擁して、同校を17年ぶりの甲子園出場に導いた。2004、06年春には8強入り。08年夏に監督を退任した。能代商高時代を含め甲子園には春夏合わせて8度出場。

  • 秋田商・小野元監督