2020.8.10 12:00

米球界へ挑戦の道を- アジアンブリーズ創設者・色川冬馬

米球界へ挑戦の道を- アジアンブリーズ創設者・色川冬馬

  • 2019年、ドジャーズのマイナーと試合を行ったアジアン・ブリーズ
  • 2019年、レンジャーズのマイナーと試合を行ったアジアン・ブリーズ
  • 2020年3月、ジャイアンツのマイナーと試合を行ったアジアン・ブリーズ

 日本人がアメリカ野球界に挑戦する道を作るために、日本人が作った新たなトライアウトのシステムでそのチャンスを与えたい-。それが、アジアン・ブリーズの理念だ。創設者、色川冬馬氏(30)は2019年からNPB12球団トライアウトやBC、四国独立リーグのトライアウトなどの現場で選手に参加を呼びかけた。さらにツイッターなどのSNSでも参加者を募り、米球界志望者に挑戦の場を提供してきた。

 「これまでの私以外の業者が行ってきたトライアウトの仲介システムは参加者から大金と取って、儲けるのが最大の目的。だから、せっかく米国でトライアウトを受けても、ハナから契約する気がない球団もたくさんありました」

 ある見方をすれば“悪徳業者”が若者の夢を食い物にして、大きな金額が搾取される現状があった。そんな状況を看過できず、自らが立ち上がった。色川氏自身がかつて、米球界でプレーした経験を持つ野球人だからこそ、日本人が米国でトライする難しさも、就労ビザを発給してもらうハードルの高さ、契約を獲得する意義深さも熟知していた。日本で華々しく報じられる何十億円、何百億円という契約オファーを受ける選手だけが、米球界への挑戦者ではない。“下からはい上がる”熱い気持ちに寄り添いたかった。

 本拠地を持たず各地を訪問しながら、プロ球団と対戦する方式=トラベリングチームを結成し、チーム名も「アジアン・ブリーズ」に決めた。3月のアリゾナ州で春季キャンプを行うメジャー傘下のマイナー球団、メキシコ球団、韓国球団と試合を組んだ。19年には11試合、今季は新型コロナウイルスの影響で帰国を余儀なくされるまで、6試合(12試合を予定)。2年間で合計17試合で“夢への挑戦の場”を作り出した。そして、選手への契約オファーという確かな実績がある。参加者のコストパフォーマンスに見合う成果を挙げた。

 米独立リーグ、オランダリーグなどの球団、日本の独立リーグなど4か国のリーグと14人がプロ契約を結んだ。「メジャー傘下のマイナー契約を結ぶ選手を出す」。それが、20年の大きな目標でもあった。

 「実は、マイナー球団からも高い評価を受け、契約の可能性が高い選手がいました。でも、コロナの影響でスカウトが視察に来る予定だった試合が次々とキャンセルになってしまって…」

 メジャー傘下。独立リーグよりも、メジャー昇格のチャンスは格段に広がる。マイナー契約を獲得できれば、メジャーリーガー誕生の可能性にもつながる。しかし、この3月、色川氏の使命はコロナ禍により「選手たちを安全に無事に帰国させること」に変わった。

 「もちろん、米国に残ってチャンスを待ちたいと願う選手もいました。でも、球団の対応、米国内の空気を肌で感じると大変な事態になっていると感じました」

 新型コロナがどんなものか。3月当時は今よりも情報が少なく未知のことが多かった。色川氏は3月12日にアリゾナからの撤収を決めた。一刻も早く帰国できるようにすべての航空会社に電話した。つながらなければ、アリゾナ・フェニックス空港のカウンターに行って直接、帰国便確保の交渉。無事に全選手を日本に戻した。

 「予定した試合数がこなせず、そんな中でも私に文句をつけるような選手はいませんでした。質のいい理解力のある人材が集まったと感謝しています」

 今季、メジャーは開幕できたものの、マイナーや独立リーグはシーズンがなくなった。複数人の選手が独立リーグ球団からのオファーを受けたが、それも消滅。チャレンジの機会は来春に持ち越された。世の中が安全に健康に野球をプレーできる日を願いながら、色川氏は次なる一手に思考を巡らせている。

 ★色川冬馬(いろかわ・とうま)

 1990(平成2)年1月2日、宮城・仙台市生まれ、30歳。選手として2009年に米国、アリゾナのウインターリーグに参加。11年に独立リーグ球団と契約、2シーズン半を過ごした。その後、プエルトリコ、メキシコなどでプレー。現役引退後は、イラン、パキスタン、香港で代表チームの監督を経験、それぞれのチームで最高成績を残した。19年よりアジアン・ブリーズを創設。現役時代のポジションは内野手

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