2020.8.2 07:30

【虎のソナタ】6年前剛腕うなった藤浪7連続K、皮肉にも6年後に今永が阪神打線に…

【虎のソナタ】

6年前剛腕うなった藤浪7連続K、皮肉にも6年後に今永が阪神打線に…

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藤浪晋太郎
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「ウル虎の夏」でイベントに登場した今成氏(右)。試合前にはボーア(左)に向かってファイアボールのポーズ

「ウル虎の夏」でイベントに登場した今成氏(右)。試合前にはボーア(左)に向かってファイアボールのポーズ【拡大】

 全国中等学校優勝野球大会の開催を主な目的として建設された「阪神電車甲子園大運動場」。その竣工式が行われたのが1924年8月1日だった。当時は、日本初の大規模多目的野球場の登場に沸き立った。現在の甲子園球場。よって、昨日は甲子園球場の誕生日。ことしで96歳になる。

 ちょうど1年前。生誕95周年のメモリアルということで、記念のうちわが配られた。試合前には特別編集の映像も流され、ちょっとしたお祭り気分に。

 「盛大だったのを覚えています。ちょうど、藤浪が復活をかけて登板した日でもありましたし。残念ながら降板するんですが、満員の大観衆が、待ってたぞと温かい拍手を送っていました。ことしは、特別な催しもなし。『ウルトラの夏』企画で黄色いユニホームを着た以外は、“誕生日”らしきお祝いムードもなしです」

 阪神キャップ・大石豊佳が、今も鮮明な1年前の記憶をたどりつつ、予想もしなかった現実と向かい合っている。

 ちなみに、球場の南西隣に位置する素戔嗚神社で毎年8月1日に行われる「野球祭り」も、ことしは中止された。

 運動部長・大澤謙一郎は6年前、デスク時代に企画した「甲子園90周年記念対談」を思い出していた。登場したのは、当時絶好調のエース藤浪。2012年、甲子園88歳の年に春夏連覇を達成した平成のヒーローだ。

 対談相手は当時本紙専属評論家・荒木大輔氏(現日本ハム2軍監督)。甲子園56歳の夏、早実1年時(1980年)に決勝まで駆け上がった(準優勝)。ダイちゃんフィーバーを巻き起こし、春夏5回甲子園にやってきた“高校野球の申し子”だ。豪華組み合わせの対談は話題を集めた。

 「僕は優勝したかった」と荒木氏が羨ましがれば、藤浪は「僕は5回甲子園に出たかった」。相手の偉業をたたえていた会話だったが、甲子園ヒーローは、どこまでも欲深いもんだと内心あきれた。

 実は6年前の藤浪の言葉も強烈に印象に残っている。

 --甲子園100周年の年、藤浪クンはどうなってると思う?

 そんな荒木氏の問いだった。藤浪は笑みを浮かべながら答えた。

 「えっ、10年後ですか? まず、僕がどこにいるか、分かりませんからねぇ」

 爆笑だった。その場に立ち会った全員が、タテジマの大エースになっていることを信じて疑わなかったから。

 1年以上勝てない日々が来るとは、藤浪本人も夢にも思わなかったことだろう。確かに、10年先なんて、誰にも分からない。

 そして、もっと覚えていることがある。6年前の8月1日、藤浪は昨夜と同じDeNA相手に先発した。7回投げて4失点。勝ち投手でも負け投手でもなかったが、途中二回から四回にかけて、7連続三振を奪った。村山実、江夏豊ら伝説の先輩に並ぶ球団タイ記録。剛腕がうなりをあげた、甲子園の誕生日-。そんな日もあったのだ。

 6年後。皮肉にもDeNAの今永が阪神打線相手に7連続奪三振。阪神側からすれば、ウ~ン、何と言っていいのやら。寂しい誕生日になってしまった。