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田淵氏が殿堂入り「仙ちゃん、俺ももらったよ」 形見のコートに身を包み通知式へ

田淵氏が殿堂入り「仙ちゃん、俺ももらったよ」 形見のコートに身を包み通知式へ

巨人戦で本塁打を放つ阪神時代の田淵幸一氏=1973年6月、後楽園

巨人戦で本塁打を放つ阪神時代の田淵幸一氏=1973年6月、後楽園【拡大】

★野球殿堂入りの対象者、選出方法

 【競技者表彰・プレーヤー表彰】引退から5年以上の元プロ選手で今回の候補は21人。候補者でいられるのは15年間。野球報道にかかわって15年以上の委員が7人以内の連記で投票する。今年の投票委員数は361、有効投票数は354で、当選必要数は266。

 【競技者表彰・エキスパート表彰】プロのコーチ、監督でユニホームを脱いで6カ月以上経過しているか、引退から21年以上の選手が対象。今回の候補は16人。すでに殿堂入りした人、表彰委員会幹事と野球報道30年以上の委員が5人以内の連記で投票する。今年の投票委員数は138、有効投票数は135で、当選必要数は102。

 【特別表彰】〔1〕アマチュア競技者で選手は引退から5年以上、コーチと監督は引退後6カ月以上〔2〕プロ、アマの審判員で引退後6カ月以上〔3〕プロ、アマの組織などの発展に貢献〔4〕日本の野球の普及、発展に貢献-のいずれかに該当する人。プロの役員および元役員やアマの役員、野球関係の学識経験者が投票する。今年の投票委員数、有効投票数ともに14で、当選必要数は11。

 いずれの表彰も、有効投票数の75%以上を得票した人が選出される。

田淵 幸一(たぶち・こういち)

 1946(昭和21)年9月24日生まれ、73歳。東京都出身。法政一(現法政)高から法大に進み、山本浩二、富田勝とともに“法政三羽ガラス”と称された。69年ドラフト1位で阪神入団。1年目に新人王に輝き、75年には本塁打王を獲得。79年に西武へ移籍し、82年からの2年連続日本一に貢献。83年には正力賞を受賞した。84年に現役引退。90-92年にダイエー(現ソフトバンク)で指揮を執るほか、阪神、日本代表、楽天でコーチを歴任。プロ16年で現役通算1739試合、打率・260、1532安打、474本塁打、1135打点。右投げ右打ち。

野球殿堂

 日本の野球発展に大きく貢献した人たちの功績をたたえ、顕彰することを目的として1959年に創設された。プロ球界で功績のあった競技者表彰(プレーヤー表彰とエキスパート表彰)と、アマチュアを含め球界に貢献のあった人が対象となる特別表彰がある。選出はいずれも投票で75%以上の得票が必要。殿堂入りすると、東京ドームにある野球殿堂博物館にレリーフが飾られる。

  • 野球殿堂博物館に飾られた星野氏のレリーフを触る田淵氏。天国の盟友に報告した(撮影・斎藤浩一)
  • 2003年春季キャンプの練習試合でテレビ中継に出演する(左から)田淵氏、山本氏、星野氏
  • 野球殿堂入りが決まり、故星野仙一氏のレリーフ前で撮影に納まる田淵幸一氏=東京・文京区の野球殿堂博物館(撮影・斎藤浩一)
  • 田淵幸一の年度別打撃成績
  • 田淵幸一の年度別監督成績