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【虎のソナタ】村山さんと金田さんの強い絆

【虎のソナタ】

村山さんと金田さんの強い絆

特集:
虎のソナタ
1974年、金田監督(左)とロッテの練習を見守る村山氏

1974年、金田監督(左)とロッテの練習を見守る村山氏【拡大】

 (セ・クライマックスシリーズ・ファーストステージ第2戦、DeNA6x-4阪神、1勝1敗、6日、横浜)日本プロ野球の最高峰に君臨された金田正一氏が亡くなられた。金田さんといえばレジェンドとして傑出された方で、サンスポ紙面で紹介されているので、どうかじっくりとお読みください。

 金田正一さんについては阪神の永久欠番『11』村山実投手が特に強い絆で結ばれていた。

 というのはまず村山さんがプロ入りして、1年目の1959年。先発の時はいつも甲子園の一塁側ベンチの裏にあるトレーニング室で登板にそなえてトレーナーのマッサージを受けていた。そこに球場入りした国鉄(現ヤクルト)のエース金田正一投手が一人だけズカズカとやってきて必ずひょいっとのぞき込んだ。

 と、ルーキー村山がマッサージをうけている。それをみるや金田投手は「なんや、おまえが先発か。こらアカンわ…」といって三塁側ベンチにいった。そして…先発投手予想が「金田」なのに、急きょ先発したのは村田投手…(当時は試合30分前には変更出来た)だった。それほどの“絶対的存在”だった。

 「カネさん(金田)にそう言われるのは、自分みたいな若僧を認めてくれた証拠でうれしかったんや」と村山投手はいつも言っていた。

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