2019.9.1 18:00(2/4ページ)

【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】掛布SEAと鳥谷が退団、2人のレジェンドは球団史に名を刻んだ

【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】

掛布SEAと鳥谷が退団、2人のレジェンドは球団史に名を刻んだ

特集:
「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記
縦縞のユニホームを脱ぐ阪神・鳥谷

縦縞のユニホームを脱ぐ阪神・鳥谷【拡大】

 鳥谷に対する戦力外通告で揺れる阪神で、もうひとりのレジェンドが今季限りで球団から去ることになります。掛布SEAが契約切れにより今シーズン終了後に退団することが決定的なのです。

 「実は昨年のオフの契約更改で球団側から“来季の契約は更新しますがそれ以降の契約は継続いたしません”と掛布氏に通達しています。本人は相当、動揺していたようだけど、球団が契約を更新しない…と言うのだから仕方ないでしょう。2軍監督を退任して2シーズン、球団はオーナー付SEAとして契約したけども、その間、坂井オーナーも退任して藤原オーナーに交代したことも影響したのかもしれない。球団としても一区切りをつけたい、と思ったのでしょう」と阪神電鉄本社の関係者は打ち明けました。

 掛布SEAは1974年から引退する88年まで15シーズン、阪神一筋でプレー。79年、82年、84年と3度の本塁打王に輝きました。82年には打点王も獲得するなど、長きにわたり阪神の主砲を担い、チームが21年ぶりのリーグ優勝、球団創設初の日本一に輝いた85年(昭和60年)には4番として40本塁打、108打点の大活躍。バース、岡田とクリーンアップを組み、4月17日の巨人戦(甲子園球場)では槙原投手からバックスクリーン3連発。一気にチームを上昇気流に乗せたシーンはもはや猛虎伝説となっています。

 現役引退後はしばらくチームから離れていましたが、2013年に当時の中村勝広GMの呼びかけでGM付育成&打撃コーディネーター(DC)として25年ぶりに阪神に復帰。2016年からは金本前監督の要請で2軍監督を務め、若虎育成に尽力してきました。

 しかし、選手を徹底的に追い込み、鍛えたい金本前監督との指導理念の違いが次第に大きくなり、17年シーズン終了後に退任しました。そして同年11月1日付で現職に就いていたのです。

 チームの内部では依然として掛布SEAの指導力を高く評価する声もあります。3度の本塁打王に輝いた実績が無言の説得力になります。テスト生同然の入団から努力に努力を重ねて一流選手に登り詰めた経歴は今の若い選手たちにとっても大いに参考になる部分もあるでしょう。実際、2軍監督を退いた後の昨季の秋季キャンプでは「臨時コーチとして指導を仰いでは…」という声もありました。ただ、チーム内のさまざまな意見の中で指導者としての復帰につながりかねない道は“敬遠”されたというのです。

【続きを読む】

  • 大山を指導する阪神・掛布SEA
  • 阪神の春季キャンプで当時の掛布DC(右)から指導を受ける鳥谷=2015年