2019.8.24 05:02

星稜・奥川を育んだ壁当て&“無限”の食欲 少年野球時代の監督が語るルーツ

星稜・奥川を育んだ壁当て&“無限”の食欲 少年野球時代の監督が語るルーツ

少年野球チーム在籍時の奥川の投球フォーム(広瀬勝巳氏提供)

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 甲子園を沸かせた星稜・奥川恭伸投手(3年)の原点は、幼少期に行った壁当てと旺盛な食欲だった。石川県の少年野球チーム「宇ノ気ブルーサンダー」の監督として奥川を指導した広瀬勝巳代表(54)が、最速154キロ右腕のルーツを語った。 (取材構成・山口泰弘)

 少年野球チーム「宇ノ気ブルーサンダー」の監督として奥川を指導した広瀬さんは、懐かしそうに振り返った。

 「彼のお兄さん(7学年上の圭崇さん)が(宇ノ気)ブルーサンダーに入っていて、両親が兄の試合を見ている最中、やっちゃんは1人で2時間近く壁当て。ずっと投げ続けていました」

 4歳でグラブをはめた奥川。兄の試合に連れられてきては球場のベンチ裏で壁当てを行った。距離は約5メートルだが、2年間続けた。小2の終わりにチームに入り、球速は3年時に86キロ。6年時には111キロ。ともにチームの学年記録だ。

 主将になった6年時。奥川を中華料理店に連れて行くと、ラーメン、チャーハン、餃子、唐揚げをたいらげた後「まだ食べられますが、夕食があるので」と平然としていたという。「指導した180人近い子供の中で一番、食べる子でした」。

 広瀬さんは今春の選抜大会後、街中で奥川と出くわした。「注目されても天狗(てんぐ)にならないよう。上には上がいる。常に目標を探して頑張れ」と伝えた。「はい」とうなずいた教え子の成長を、温かく見守っている。

  • 奥川が幼少期に壁当てを行っていた、かほく市宇ノ気野球場の三塁側ベンチ裏(撮影・山口泰弘)
  • 宇ノ気中3年時に全国制覇(提供・宇ノ気中学校)