2019.8.14 12:00

【G戦士の素顔(13)】電撃トレードの古川、その裏側と支えとなった存在

【G戦士の素顔(13)】

電撃トレードの古川、その裏側と支えとなった存在

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G戦士の素顔
川崎市のジャイアンツ球場でブルペン投球を行う古川(手前)。後ろは木佐貫ファーム投手コーチ

川崎市のジャイアンツ球場でブルペン投球を行う古川(手前)。後ろは木佐貫ファーム投手コーチ【拡大】

 「その日」は、楽天生命パークで花火が打ち上がる日だった。古川侑利投手(23)は登板日ではなく、仙台市内の自宅にいた。花火が打ち上がると、2017年12月に結婚した夫人の未和さんとともにカーテンを開け、ソファでくつろぎながら「きれいだね」と夏の風物詩を眺めていた。

 その時だった。携帯電話がなり、楽天球団から「明日の(午前)11時に、きれいめの服装で泉の練習場に来てくれ」と告げられた。その時のことを古川はこう振り返る。

 「球団に呼ばれるって。悪さなんかしてないので、それはないなと思っていたので。じゃあなんだ? って考えたらトレードしかないなと思いました」

 その日の夜は、寝られなかった。自身の中では理解しているものの、不安などもあり、気持ちが落ち着かないのは当然のこと。「そわそわしまくりですよね。ほとんどトレードだなってわかっていたので、部屋を片付けていました。『どのチームやろ?』って言っていて。寝付けず、次の日になったという感じですね」と当時の心境を明かした。

 翌日、正式にトレードが告げられた。新天地は巨人ということも分かった。「(楽天には)やっぱり6年間ずっと一緒にやってきた人たちもいたので。そのときは寂しさもありました」というのが正直な思い。だが、「もう前に進むしかないので。野球ができることに感謝しなくちゃいけないなと思って。チームが変わってもやることは一緒。そういう考えに変わりましたね」とプロ野球選手として覚悟を決め、気持ちも新たにした。

 2013年のドラフト会議で4位指名を受け、佐賀・有田工高から入団した古川。まだ原石だった自身を磨いてくれたのが楽天だった。「1年目は、ただただがむしゃらに投げてという感じのピッチャーでした。そこから徐々に2軍で投げていってゲームの作り方や、制球面とかを学んできました。本当にいまの自分の全てを作り上げてくれたのは、楽天のみなさん、周りの人たちのおかげだと思っているので」と育ててくれた楽天への感謝は尽きない。

 尊敬してやまない楽天・則本昂からは、メッセージアプリで連絡が来た。「いままで通り、一緒に野球できるもんやと思っていたからビックリやわ。お互い頑張ろうな」。自身を思って連絡をくれたことが素直にうれしかった。「励みになります」と新天地でも頑張る原動力となっている。

 そして、何よりも夫人の存在が自身の背中を押してくれた。トレードとなった場合、引っ越しの準備などもあるため、すぐに連絡をしてほしいと言われていた古川。球団との話が終わり、すぐに連絡を入れた。慣れない土地にいくことは、夫人の未和さんにとっても大きな不安があっただろう。だが、年上の愛妻は「また頑張ろうよ」と言ってくれた。その言葉に23歳の古川は救われた。

 「自分の中では、大きかったですね。気持ちの部分で支えになりましたし、『またやってやろう』と思いました。そうやって言ってくれなかったら、気持ち的にも晴れないままだと思うので」

 自身はすぐに東京に行き、ジャイアンツ寮に住みながら、物件を探し回った。その時、仙台で一人残り、自宅の片付けをしてくれたのも夫人だった。一人ではない。一緒に進むパートナーがいる。そう思うと、より一層気合が入った。

 7月24日のヤクルト戦(京セラ)で移籍後初登板先発。結果は1回4失点と悔しさが残るものだった。だが、ファームでは山口ら経験豊富な先輩に話を聞き、フォームの修正に励むなど一歩ずつ前に進んでいる。まだ23歳。大きな可能性を秘める右腕は、新天地で輝くべく、きょうも汗を流す。(赤尾裕希)