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【上原知る番記者が語る 鷲田康氏】選手生命延ばしたリリーフ転向

【上原知る番記者が語る 鷲田康氏】

選手生命延ばしたリリーフ転向

特集:
上原浩治
引退会見に臨んだ上原=東京・千代田区(撮影・桐原正道)

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 栄光と挫折の21年-。上原が全力で駆け抜けたプロ野球人生について、サンケイスポーツコラム「球界インサイドリポート」を執筆するスポーツジャーナリストの鷲田康氏(62)が、苦しんだ米大リーグ時代を振り返った。巨人担当・赤尾裕希記者(26)は、球界最年長投手としてチームに残した功績についてつづった。

 上原といえば世界一に輝いたボストン・レッドソックスでの華やかな活躍が頭に浮かぶ。ところがメジャーでの思い出を語るとき、本人は必ず「僕はオリオールズという球団に本当に感謝しているんです」とボルティモア・オリオールズの名前を真っ先に挙げる。

 会見でも最も辛かったことと語っていたのがメジャー移籍直後、オ軍時代のけがの思い出だ。1年目の6月に右肘靱帯(じんたい)の部分断裂が判明してシーズンを棒に振り、2年目も古傷の左太もも痛に右肘痛の再発と最初の2年間はロクに働けなかった。

 「最初に肘が飛んだときは『もう無理だ』と思ったし、2年目にまた肘が痛くなって、ハム(太もも裏)もやった。35歳のときですから。そりゃあ、もう『終わりかな』と考えるときもありました」

 引退の2文字もよぎった。それでも2年目に故障した後にリリーバーの仕事を与えられた。

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