2019.3.28 05:01

広岡氏、近藤昭仁さんは「とにかく正直な人」

広岡氏、近藤昭仁さんは「とにかく正直な人」

 大洋(現DeNA)の二塁手として1960年の日本一に貢献し、横浜(大洋の後身)とロッテで監督を務めた近藤昭仁(こんどう・あきひと)氏が27日、敗血症性ショックのため死去した。80歳。香川県出身。通夜は31日午後6時、葬儀・告別式は4月1日正午、横浜市鶴見区鶴見2の1の1、総持寺三松閣で。喪主は妻、由紀子(ゆきこ)さん。

早大の先輩で、ヤクルトと西武で監督とコーチの関係だった広岡達朗氏(87)「野球人としては幸せな人生を送られたのではないか。彼は早大の後輩だが、本格的な付き合いは、私がヤクルトの監督になった1976年以降。当時の伊丹・神宮球場長から『神宮は六大学のメッカ。六大学出身者で存分に使ってほしい』と言われ、大洋で2軍のコーチをしていた彼を呼ぶことにした。とにかく正直な人。『これこれをしてくれ』と頼むと一生懸命にやる。西武でも同じだった。監督でいい成績を残せなかったのは、監督として何をすべきかが、もう一つつかみ切れていなかったのではないかと思う」