2019.3.5 16:49

有鉤骨の骨折…過去には原辰徳、中田翔など 日本ハム・清宮が手術

有鉤骨の骨折…過去には原辰徳、中田翔など 日本ハム・清宮が手術

特集:
清宮幸太郎
4日午前、札幌市内の合宿所から新千歳空港に向かう際の清宮。東京での検査後、右手首の骨折との診断が確定した

4日午前、札幌市内の合宿所から新千歳空港に向かう際の清宮。東京での検査後、右手首の骨折との診断が確定した【拡大】

 右有鉤(ゆうこう)骨の骨折と診断された日本ハム・清宮幸太郎内野手(19)が5日、東京都内の病院で手術を受けた。3日のDeNA戦(札幌ドーム)の第4打席でファウルを打った際に右手首の痛みを訴え、そのまま退いた。

 【有鉤骨を骨折した主なプロ野球選手とその後の成績】

 ◆原辰徳(巨人、1986年) 9月24日の広島戦。津田と対戦した九回の打席で7球目の直球をファウルした際、左手首を痛めて退場。当初は靱帯(じんたい)断裂と診断されていたが、再検査で全治2カ月の骨折が判明。翌87年は打率・307、本塁打34本、打点95と活躍。通算本塁打数382は球界で22番目(2019年3月現在)。

 ◆二岡智宏(巨人、2001年) 7月19日の阪神戦で痛め、23日の精密検査で左手の骨折が判明し全治4週間。その年は86試合出場に留まったが、翌02年は112試合に出場し24本塁打。03年には自身最高の29本塁打を放っている。

 ◆今江年晶(ロッテ、2007年) 5月26日の横浜(現DeNA)戦。五回の第3打席でスイングした際に左手に痛みを訴え、試合後に検査を受け骨折が判明。翌08年には自己最高となる12本塁打。

 ◆中田翔(日本ハム、2008年) 6月14日のイースタン・リーグ、西武戦で左手首を痛め途中交代。当初は捻挫とみられていたが、7月14日に検査を受け全治1カ月の骨折と診断された。9月9日の同リーグ、湘南戦で復帰し本塁打を放った。翌09年に1軍デビュー。15年には30本塁打の大台に乗せた。通算本塁打は、現役選手では6番目となる202本を放っている。

 ◆松田宣浩(ソフトバンク、2010年) 5月8日の西武戦。第3打席でファイルを打った際に左手首を痛め、翌9日の西武戦を欠場。福岡市内の病院で検査し、全治2カ月と判明。その年はチームのリーグ優勝に貢献。11年には打率・282、本塁打25、打点83。15年には35本、18年には32本の大台超えの本塁打を放っている。

 ◆高橋周平(中日、2016年) 4月30日の広島戦。打撃の際に痛みを感じ、四回の守備から退いた。広島市内の病院で右有鉤骨の骨折と診断された。

 ◆杉谷拳士(日本ハム、2016年) 6月10日の楽天戦。四回の打席でスイングをした際、右手首を痛めた。その後も守備に就いていたが六回に代打を送られ途中交代。当初は仙台市内の病院で「右手首尺側軟骨の軽度の炎症」と診断。都内病院で再検査した結果、「右手有鈎骨骨折」と診断されたことを14日に球団が発表した。

 ◆雄平(ヤクルト、2017年) 6月28日の巨人戦。六回の打席で1球目をファウルにした直後に右手首の痛みを訴え交代。検査の結果、全治2-3カ月との診断を受けた。9月27日の同リーグ、巨人戦で復帰を果たし、2打数2安打。

 ◆堂上直倫(中日、2017年) 9月8日の広島戦。代打で出場し、空振り三振を喫した際に痛めたと見られ、翌9日、名古屋市内の病院で左手の有鉤骨骨折と診断された。

  • 清宮の骨折箇所