【平成の真実(35)】
米国戦で三走の離塁に対し、不可解なジャッジ変更を行ったデービッドソン球審(右)。王監督は険しい表情で抗議したが、判定が再び覆ることはなかった【拡大】
野球の世界一を決める第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催されたのは平成18(2006)年3月。日本は2次リーグ・米国戦での“世紀の大誤審”による敗戦など数々の試練を乗り越え、初代王者に輝いた。内野守備走塁コーチとして王貞治監督(現ソフトバンク球団会長)をそばで支えた当時48歳の辻発彦氏(60)=現西武監督=が指揮官の統率力、勝利への執念について証言した。(取材構成・花里雄太、松尾雅博)
絶望のふちから蘇り、初代王者に輝いた日本。辻の脳裏に深く刻まれているのは、キューバとの決勝で頭に血が上った監督の王の姿だ。
遊撃・川崎宗則が六、七回に失策を犯し、「もう代える。代えるぞ!!」と交代を示唆した。辻は「王さんにとっては自軍(ソフトバンク)の選手だったしね。代えるのは簡単だが、試合の流れがあり、途中で出る選手には相当なプレッシャーがかかる」と、「川崎で大丈夫です」と進言。指揮官も聞き入れた。
1点差に迫られた直後の九回、二走・川崎はイチローの右前打で本塁を狙い、捕手のブロックの隙間から右手をねじ込んで生還。貴重な追加点をもたらし、「神の右手」とたたえられた。辻は「(三塁ベースコーチとしての判断を)迷わないように、と決めていた。どうかなと思ったときは腕を回す。それがことごとく成功した」と語る。
世界一までの道のりは険しかった。舞台を米カリフォルニア州アナハイムへ移し、4チームが総当たりする2次リーグ初戦で、いきなり試練が訪れた。相手はアレックス・ロドリゲス、デレク・ジーター(ともにヤンキース)ら大リーガーをそろえた地元の米国。辻は“世紀の大誤審”について振り返った。
「一番大きなシーンだよね。ボブ・デービッドソン。メジャーの審判員は一人も知らないけど、彼の名前は一生忘れない。顔も浮かんでくる」