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【平成の真実(27)】平成元年、日本シリーズ「近鉄3連勝のち4連敗」

【平成の真実(27)】

平成元年、日本シリーズ「近鉄3連勝のち4連敗」

特集:
平成の真実
日本シリーズ2018
第4戦から4連敗で日本一を逃した近鉄ナインは無念そうに表彰式を見つめた。右端は仰木監督、右から2人目は中西ヘッドコーチ

第4戦から4連敗で日本一を逃した近鉄ナインは無念そうに表彰式を見つめた。右端は仰木監督、右から2人目は中西ヘッドコーチ【拡大】

 近鉄と巨人の初顔合わせとなった平成元(1989)年の日本シリーズは、近鉄が第1戦から3連勝したが、第4戦から4連敗。第3戦での近鉄・加藤哲郎投手の発言が「ロッテより弱い」と曲解され、巨人を奮起させたといわれている。当時25歳だった近鉄のエース、阿波野秀幸氏(54)=中日1軍投手コーチ=は、あと1勝に届かなかった原因に、第5戦での敗戦と両チームのモチベーションの差を挙げた。 (取材構成・松尾雅博)

 近鉄は第3戦に3-0で快勝し、初の日本一に王手をかけた。先発して勝ち投手になった加藤哲郎がヒーローインタビューで「(巨人は)なんてことなかった。シーズンの方がよっぽどしんどかった。相手も強いし」と発言。巨人側に「(巨人はパ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」と伝えられて奮起を招いたことが、第4戦から4連敗した原因だとクローズアップされている。

 しかし、阿波野の見方は違った。「巨人の雰囲気が変わったのは確かですが、(加藤哲の)発言がすべてではないでしょう」。そして、「追い詰めたことで、近鉄には、ちょっとした油断が生まれたと思います。流れをもっていかれたのは(自身が敗戦投手になった)第5戦」と続けた。

 当時の日本シリーズは全試合がデーゲーム。巨人は3連敗した後、野手陣が東京ドームに残って打撃練習を行った。第4戦は5点を奪い、投げては香田勲男が完封。第5戦は第1戦に続き、斎藤雅樹と阿波野のエース対決となった。

 近鉄は五回にラルフ・ブライアントのソロで先制したが、阿波野はその裏、1死から投手の斎藤に右前打を許した。四球でピンチが広がり、岡崎郁に逆転の中越え二塁打を浴びた。

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  • 巨人は土俵際からの4連勝で8年ぶりの日本一。藤田監督が宙を舞った
  • 第5戦で先発した阿波野。五回に逆転を許し、6回2失点で降板した
  • 第3戦で勝利投手になった加藤哲(右)と仰木監督。帰りのバスには笑顔が並んだ
  • 第5戦のスタメン
  • 近鉄の日本シリーズ成績
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