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【帰ってきた!ダンカンが訪ねる 昭和の侍】足立光宏さん、日本球界“最後”の男

【帰ってきた!ダンカンが訪ねる 昭和の侍】

足立光宏さん、日本球界“最後”の男

ダンカン氏(右)と野球談議に花を咲かせた足立氏(撮影・山口泰弘)

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 --なぜ審判は1時間19分もの抗議を許して上田監督を退場させなかったのですか? プロ野球最大の晴れ舞台に、後味の悪い歴史を残したくなかったからですかね

 「いや、違います! ホントのこと言うたら、あのとき球審は心の奥で『上田さん、あんたの気持ちは分かるけどここは辛抱してや』と手を合わせていたから、退場にさせられへんかったんや!」

 --えっ、どーいうことですか

 「確信しとったからや…。ファウルやと!!」

 あー!! 真実か否かは永遠の謎だが、40年以上もの、オレのモヤモヤが一瞬にして晴れたのだった。

足立 光宏(あだち・みつひろ)

 1940(昭和15)年3月10日生まれ、78歳。大阪府出身。大阪西(現・西)高から大阪大丸を経て、1959年に阪急入団。67年に20勝10敗、防御率1.75で最優秀防御率、MVP、ベストナイン。ダイヤモンドグラブ(現ゴールデングラブ)賞4回、オールスター出場6回。引退後は阪急のコーチ、阪急とオリックスのスカウト、関西学院大硬式野球部のコーチを務めた。通算676試合登板、187勝153敗3S、防御率2.91。兵庫県在住。

  • 1977年の日本ハム戦で力投する足立氏。右下手投げの先発投手として通算187勝を挙げた
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