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【平成の真実(3)】『10・8』巨人・長嶋監督1人だけが試合を楽しんでいた

【平成の真実(3)】

『10・8』巨人・長嶋監督1人だけが試合を楽しんでいた

特集:
平成の真実
優勝を決めてファンにあいさつする巨人ナインには安堵(あんど)の表情が浮かんだ

優勝を決めてファンにあいさつする巨人ナインには安堵(あんど)の表情が浮かんだ【拡大】

 大久保は出場機会はなかったが、「必死な気持ち」を学んだという。

 「死んでもいいからボールに当たってでも塁に出るくらいの気持ちでやらないと、ファンに感動してもらえません」。そして、「指導者になると“絶対に諦めない”という作戦もありだなと考えるようになりました。頑張ることは誰にでもできます。0-10でリードされていても諦めない。これは人生にも通じると思っています」と続けた。 =敬称略

★台風が生んだ同率首位決戦

 当初、10月8日に試合はなかった。打線が低調な巨人は9月28日の2位・中日との直接対決(ナゴヤ球場)に0-1で敗れて4連敗。125試合目にして初めて首位に並ばれ、29日は台風による天候悪化が予想された。このときばかりは長嶋監督も弱気で「僕は試合があってもいいようにジャージーに着替えていたけど、監督は私服のまま何度も『まだ(中止は)出ないのか』とイライラしていました」と小俣氏。結局、午後2時すぎに中止が決まり、流れた試合が8日に組み込まれた。以降はともに3勝1敗で乗り切り、最終戦は史上初の同率首位対決となった。

★最高の試合

 フジテレビ系列で生中継された『10・8』の平均視聴率は48・8%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録し、現在もプロ野球中継の歴代1位(調査が開始された1977年9月26日以降)。また、日本野球機構が2010年に12球団の現役選手、監督、コーチ計858人を対象に実施した「最高の試合」アンケートでは、99票を集めて1位となった。

小俣 進(おまた・すすむ)

 1951(昭和26)年8月18日生まれ、67歳。神奈川県出身。藤沢商高、日本コロムビア、大昭和製紙富士を経て73年にドラフト5位で広島に入団し、76年に巨人へ移籍。ロッテ、日本ハムでもプレーし85年に引退した。通算16勝18敗2セーブ。93年から巨人で広報、長嶋監督の退任後は終身名誉監督付広報、スカウトを務めた。左投げ左打ち。

  • 『10・8』を制してリーグ優勝を飾り、笑顔で宙を舞う長嶋監督。「竜の上にまたがって天に昇るような感じでした」と語った
  • ナゴヤ球場は3万5000人のファンで超満員となった
  • 関係者に配られた大入り袋。中央は長嶋氏が後年、左手で書いたサイン
  • 『10・8』を振り返る小俣進氏(撮影・松尾雅博)
  • 1994年のセ・リーグ勝敗表
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