2018.10.12 05:03

カネやん弟・金田留広氏が死去 74年ロッテへ移籍し16勝…日本一に貢献

カネやん弟・金田留広氏が死去 74年ロッテへ移籍し16勝…日本一に貢献

ロッテ時代の金田正一監督(左)と金田留広投手

ロッテ時代の金田正一監督(左)と金田留広投手【拡大】

 400勝投手の金田正一氏(85)の弟で、東映(現日本ハム)、ロッテで最多勝を獲得するなど通算128勝を挙げた金田留広(かねだ・とめひろ)さんが2日に死去した。71歳。愛知県出身。葬儀・告別式は10日に近親者のみで行った。

 金田氏は7人兄弟の末っ子で、13歳上の次兄が国鉄(現ヤクルト)、巨人でプロ野球最多の通算400勝をマークした正一氏。同じく兄の高義、星雄両氏も国鉄(現ヤクルト)に在籍した。

 1969年に日本通運からドラフト4位で東映に入団。正一氏と同じ背番号34をつけ、直球とカーブを武器に1年目から4年連続で2桁勝利をマークし、オールスターに3年連続で出場。72年には20勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得した。

 73年に正一氏が同じパ・リーグのロッテの監督に就任し、翌74年にトレードでロッテへ移籍。背番号を「17」に変え、同年は16勝で2度目の最多勝に輝くなど、4年ぶりのリーグ制覇と24年ぶりの日本一に貢献し、リーグMVP、ベストナインに選ばれた。75年以降は勝ち星が伸びず、79年に広島へ移籍。82年にプロ14年目で初めて未勝利に終わり、引退した。打撃もよく、通算13本塁打。

 87年からは2年間、ロッテで2軍投手コーチを務めた。退団後はアマ球界とも交流を持つなど、野球に関わる機会は多かった。今年もロッテの2軍施設などを訪れており、関係者は「本人から心臓が悪いという話を聞いたことはあったが、急なことで驚いている」と話した。

金田 留広(かねだ・とめひろ)

 1946(昭和21)年11月17日生まれ。愛知県出身。愛知高、愛知学院大(中退)、日本通運を経て69年にドラフト4位で東映(現日本ハム)に入団し、1年目から4年連続で2桁勝利をマーク。74年にロッテへ移籍し、同年にリーグ優勝と日本一。79年に広島へ移籍し、82年に引退した。通算成績は434試合に登板し128勝109敗2セーブ、防御率3・25。主なタイトルは最多勝2度。右投げ右打ち。

  • 金田留広の年度別登板成績
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