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【球界ここだけの話(1375)】“ジュンコー”が熱い! 巨人育成・坂本工、準硬式からプロの道へ 成長の軌跡

【球界ここだけの話(1375)】

“ジュンコー”が熱い! 巨人育成・坂本工、準硬式からプロの道へ 成長の軌跡

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サンスポ記者の球界ここだけの話
支配下登録を目指し、ジャイアンツ球場で汗を流している巨人育成選手の坂本工

支配下登録を目指し、ジャイアンツ球場で汗を流している巨人育成選手の坂本工【拡大】

 成長の裏にはウエートトレーニングがあった。球速を上げるためにウインターリーグなどで多忙だったオフも、欠かさず続けた。その結果、最速は1キロ速くなり、148キロ。「去年のMAXが出たのは夏ぐらいだけど、今年は4月、5月でMAXが出た。冬の取り組みが出たのかな、と思う」と手応えを口にする。

 では坂本工はなぜ、“ジュンコー”を選んだのか。それは、高校時代までさかのぼる。関西学院高時代、坂本工は外野手だった。それも控えの。高3のときの部員は約180人。そんな大所帯の中で、原石はまだ原石でしかなかった。

 「背番号をずっともらっていなくて。ベンチには外野が5人いたので、それ以下ってことですね。その時はプロになれるとは思っていなかった。Aチームの試合に出ることだけを目指してやっていました」

 大人数の中で埋もれて過ごした、高校時代。「不完全燃焼という感じで。悔しいことの方が多かった。試合に出ていないのもあって、いい思い出はないですね」とふがいなさ、無力さが残った。そんな中、坂本工は幼き頃に守っていた「投手」というポジションに憧れを抱き始める。

 中学時代は遊撃手、高校時代は外野手。投手の後ろを守りながら、「やっぱりピッチャーというポジションは魅力があって、おもしろいというか、野球はピッチャーやな」と感じたという。

 そこで大学では投手を、と思ったのだが…。高校時代に補欠の外野手だった選手が、大学の硬式野球部で投手をやって試合に出るのは現実的に厳しい。だからこそ、選んだ道が“ジュンコー”だったのだ。

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