2018.8.21 10:00

17年前の“孫とおじいちゃん”の甲子園

17年前の“孫とおじいちゃん”の甲子園

特集:
女子社員コラム 言わせて系
2001年07月24日、千葉大会5回戦の成田戦後、習志野高の梶岡千晃内野手(右)と、祖父で元阪神の梶岡忠義さんは、がっちり握手(撮影・山下千穂)

2001年07月24日、千葉大会5回戦の成田戦後、習志野高の梶岡千晃内野手(右)と、祖父で元阪神の梶岡忠義さんは、がっちり握手(撮影・山下千穂)【拡大】

 【女子社員コラム 言わせて系】灼熱(しゃくねつ)の甲子園が例年より熱く燃えている。第100回全国高校野球選手権大会。かつて野球担当をしていた私にも、たくさんの思い出が詰まっている。

 中でも17年前の2001年に取材した“孫とおじいちゃん”との出会いは宝物。近藤一樹投手(現ヤクルト)を擁する西東京・日大三高が優勝した第83回大会に名門、千葉・習志野高の主将として出場した梶岡千晃さん(34)と、祖父で阪神OBの梶岡忠義さん(03年逝去、享年82)だ。久々にコンタクトをとった千晃さんと昔話に花が咲いた。

 「祖父は甲子園出場の2年後に旅立ちました。自分はおじいちゃん子だったので、あの夏、じいちゃん孝行ができて、本当によかったです」

 忠義さんは藤村隆男とダブルエースとして活躍し、1947(昭和22)年から実働9年で131勝。その後は投手コーチを務めた。退団後もOB会長として阪神に愛情を注ぎ、神戸の自宅から甲子園に通って声援を送った。95(平成7)年の阪神・淡路大震災で家が全壊。娘(千晃さんの母)が暮らす千葉に引っ越し、今度は千晃さんの応援団になった。

 忠義さんの初取材は千葉大会。甲子園でも記者席を訪ねてくださり、隣で貴重な解説を聞きながら試合に見入った。そして3番・遊撃の好打者として3回戦に進出した孫の活躍を何より喜んでいた。「関東に住んでいると阪神の記事が少ないけれど、こうして千晃の原稿をたくさん書いてくれて、うれしいね。ありがとうね」と、冷たいジュースを差し入れてくださったこともあった。

 千晃さんの幼少時代、夏休みは忠義さん宅に泊まって甲子園大会を見に行き、好きな食べ物はおじいちゃんと一緒に食べた名物の甲子園カレーだと取材した記憶がある。「懐かしいですね。今でも食べたくなります」と千晃さん。今回の取材日がお盆の最中だったということもあり、「おじいちゃんも“帰って”きて大会を見に行っていると思います。お墓参りにもしょっちゅう行っていますよ。おじいちゃんみたいに野球に長く携わっていきたいですね」

 高校卒業後は中大を経て、NTT東日本入り。専任コーチに就任した昨年、都市対抗でチームを優勝に導いた。おじいちゃん、ご安心ください。千晃さんはDNAを受け継ぎ、指導者として新たな野球道を立派に歩んでいますよ。(山下千穂)

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