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ブキさん死去…1956年南海入団時に伝説争奪戦「あなた買います」モデル

ブキさん死去…1956年南海入団時に伝説争奪戦「あなた買います」モデル

ありし日の穴吹さん(左端)と南海ナイン。中心打者として活躍した

ありし日の穴吹さん(左端)と南海ナイン。中心打者として活躍した【拡大】

 プロ野球の南海(現ソフトバンク)で選手として活躍し、監督も務めた穴吹義雄(あなぶき・よしお)氏が敗血症のため、7月31日に亡くなっていたことが3日、分かった。85歳だった。南海入団時の複数球団による争奪戦は小説の題材となり、映画化もされた。サンケイスポーツの専属評論家としても活躍。晩年は少年野球の指導にも尽力した。昭和の球史を彩った重鎮がまた一人、永遠の眠りに就いた。

 昭和の高度成長期、プロ野球の新人獲得がまだ自由競争だった時代。その象徴だった穴吹さんが猛暑の中、旅立った。

 2001年までサンケイスポーツの専属評論家として健筆をふるい、その後は「大阪南海ボーイズ」で少年野球の指導に専念。多くの有望選手を高校に送り出したが、06年に脳梗塞を患い、15年の年末には脳内出血で堺市内の自宅前で倒れ、療養生活が続いていた。

 亡くなった7月31日は「血圧が測れないほど低下する危険な状態」(関係者)で病院に向かったが、診察前に眠るように息を引き取った。会話ができなくなり、面会には応じていなかった。体重も60キロまで落ちていたが、握力は最期まで強いままだったという。

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  • 南海時代の穴吹義雄氏
  • 01年までサンスポ専属評論家で健筆
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