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【球界ここだけの話(1314)】甲子園を沸かした沖縄に陰り、「県外流出」増に指導者も切磋琢磨

【球界ここだけの話(1314)】

甲子園を沸かした沖縄に陰り、「県外流出」増に指導者も切磋琢磨

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サンスポ記者の球界ここだけの話
沖縄大会で始球式を終え記念撮影をする元広島・安仁屋宗八氏(右)、打者を務めた元オリックスの石嶺和彦氏

沖縄大会で始球式を終え記念撮影をする元広島・安仁屋宗八氏(右)、打者を務めた元オリックスの石嶺和彦氏【拡大】

 第100回の節目を迎える全国高校野球選手権(8月5日開幕、甲子園球場)沖縄大会が今月23日に開幕した。印象的だったのは開会式直後に行われた始球式だった。

 沖縄高(現沖縄尚学)出身の安仁屋宗八氏(73)=元広島、阪神=が投手を務め、豊見城高出身の石嶺和彦氏(57)=元阪急~オリックス、阪神=が右打席に立ち、バットを構える。結果はプロ通算119勝の安仁屋氏の83キロの直球に、同269本塁打の石嶺氏のバットは空を切った。沖縄が誇る2人のレジェンドの競演に、コザしんきんスタジアムは大いに沸いた。 

 「僕らのころは甲子園は目標ではなかった。甲子園のコの字も出なかったから。それほど遠い存在だった」。安仁屋氏の表情は感慨深げだった。

 安仁屋氏が高校生のころ、沖縄は米国の統治下にあった。しかも当時の選手権は現在のように「1県1校」が代表になるのではなく、沖縄の場合は県大会で優勝しても宮崎県の優勝校と「南九州大会」を戦わねばならなかった。当時は宮崎が圧倒的で、安仁屋氏が言うように甲子園はあまりに遠い存在だった。

 しかし、1962(昭和37)年、安仁屋氏を擁する沖縄高が初めて南九州大会を制し、甲子園へ。沖縄の高校野球の扉をこじ開けた。

 以降は着実に力をつける。石嶺氏を擁する豊見城高が3年連続(76-78年)8強進出。沖縄水産が2年連続(90-91年)準優勝。そして、センバツで沖縄尚学が2度優勝(99、2008年)を飾ると、10年には興南が春夏連覇の偉業を達成した。

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