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【ワンス・アポン・ア・タイム(3)】バッキー氏、今ではいい思い出…王さんとの大乱闘

【ワンス・アポン・ア・タイム(3)】

バッキー氏、今ではいい思い出…王さんとの大乱闘

特集:
ワンス・アポン・ア・タイム
バッキー(右、背番号4)に詰め寄る王。両軍入り乱れての大乱闘となった

バッキー(右、背番号4)に詰め寄る王。両軍入り乱れての大乱闘となった【拡大】

★バッキー、乱闘VTR

 1968年9月18日の巨人とのダブルヘッダー(甲子園)。第2試合に先発したバッキーは四回、1打席目に死球を与えていた巨人・王貞治へ2球続けて厳しいボールを投げ込み、王が激高。大乱闘に発展した。バッキーは巨人・荒川博コーチを殴って、右手の親指を骨折。バッキーと荒川コーチの退場で再開されたが、代わってマウンドに上がった権藤正利が、王の後頭部に死球(王は昏倒し、病院へ)を当て、またも大乱闘となった。球場が殺気立つなか、続く長嶋茂雄が権藤からホームラン。野球で勝負をつけ、巨人が10-2で大勝した。

★1964年の阪神

 巨人、大洋との三つ巴から巨人が脱落。迎えた9月26日の大洋とのダブルヘッダー(甲子園)。2・5ゲーム差で首位の大洋に1つでも負ければV逸の状況で2連勝し、0・5差に。全日程を終えた大洋に対し、阪神は29日の国鉄戦、30日の中日とのダブルヘッダーと3連勝し、大逆転優勝。バッキーは29勝9敗で最多勝、最優秀防御率に輝き、外国人投手で初めて沢村賞に選出された。日本シリーズは南海に3勝4敗で敗れた。

ジーン・バッキー(Gene Bacque)

 元投手。1937年8月12日、米ルイジアナ州出身、80歳。サウスウエスタン・ルイジアナ大からマイナーリーグを経て62年8月に阪神にテスト入団。上手、横手からの変幻自在な投法とナックルボールを武器に、64年に29勝9敗、防御率1・89で最多勝、最優秀防御率に輝き、外国人投手初の沢村賞を受賞。チームを優勝に導いた。同年のシーズン200奪三振は2014年にメッセンジャー(226奪三振)に抜かれるまで、阪神の外国人投手のシーズン最多記録だった。1965年6月28日の巨人戦(甲子園)ではノーヒットノーランを記録。69年に近鉄に移籍し、同年引退。通算8年で251試合登板、100勝80敗、防御率2・34。現役時代は1メートル91、91キロ。右投げ右打ち。

  • 阪神時代の思い出を語るバッキー(撮影・丹羽政善通信員)
  • 64年、優勝祝賀会でバッキー(右)に鯛の刺身を食べさせ、労をねぎらう藤本監督(手前左)ら
  • ノーヒットノーランの快挙を報じる地元紙
  • 阪神球団からの記念品の目録
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