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【ワンス・アポン・ア・タイム(2)】バッキー氏、今も忘れない温かいニホンジンと先輩・小山さんの思い出

【ワンス・アポン・ア・タイム(2)】

バッキー氏、今も忘れない温かいニホンジンと先輩・小山さんの思い出

特集:
ワンス・アポン・ア・タイム
1999年、神宮球場のスタンドで談笑するバッキー氏、小山氏、江夏氏(左から)

1999年、神宮球場のスタンドで談笑するバッキー氏、小山氏、江夏氏(左から)【拡大】

(1)産後、夫人出血に同僚オクサン救急車&通訳に感謝

 (ハワイの3Aチームでクビになりかけていたバッキー氏は阪神の目に留まり、テスト入団。来日当初は甲子園近くのアパートに住んでいた)

 アパートでは忘れられない恩を受けた。3人目の子供(ミシェル)が生まれた直後、退院したオクサン(ドリス夫人)が家で大量に出血して。後で不正出血だとわかったけど、そのときはパニックになってしまった。どうやって救急車を呼べばいいかわからないし、病院に連れて行っても、日本語でどう説明したらいいかも分からない。

 ソロムコ(マイク、当時の助っ人外野手)に連絡をしたら、すぐに彼のオクサンと渡辺(省三)さんのオクサンも来てくれた。ソロムコのオクサンは日本人で英語も話せる。救急車にも一緒に乗ってくれた。通訳もしてくれて、どれだけ助けられたか。

 アパートには子供を3人とも残してきた。渡辺さんのオクサンや同じアパートの女性たちが「こっちは任せなさい」って言ってくれたけど、気が気でなかった。でもニホンジン、スゴイヨ。まったく問題なかった。子供たちはもう寝ていたかな。女性たちが寝かしつけてくれたんだ。しかもキッチンには血がいっぱいだったはずなのに、すっかりきれいになっていた。彼女たちに、改めてお礼を言いたい。

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  • 懐かしそうに当時を語るバッキー氏(撮影・丹羽政善通信員)
  • 1968年、阪神のジーン・バッキー投手
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