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阪神・福留、星野さんに強虎打線捧げる!10日追悼試合に志願出場

阪神・福留、星野さんに強虎打線捧げる!10日追悼試合に志願出場

特集:
福留孝介
星野氏(左)は福留(右)が阪神入りした後も常に気にかけてくれた

星野氏(左)は福留(右)が阪神入りした後も常に気にかけてくれた【拡大】

 顔をくしゃくしゃにして喜んでくれている星野さん。目をつり上げて怒鳴ってくれた星野さん。天国に旅立った恩人に、福留は心から感謝した。気がつけば「3・10」を志願していた。

 「何打席になるかわからないですけど、少しでも出て。それが(星野)監督に対しての供養になるかわからないけど、今まで育ててもらった感謝の気持ちを込めながら、臨めればと思います」

 日本生命から逆指名で中日に入団。当時の監督が星野氏だった。守備に難があり、打撃もまだ粗かったが「2番・遊撃」でスタメンから外さずに積極起用してくれた。それに応えて132試合に出場して打率・284、16本塁打。リーグ優勝も経験させてくれた。内野から外野にコンバートされたことで守備に対する意識や視野も広がった。厳しい指揮官だった。だが、勝負に対する熱さを教えてもらわなければ、今の自分はなかった。

 「やっぱりこのチームで選手と監督として(星野氏と)関係があるのは僕だと思うし、僕がこの世界に入ったのも、星野さんの(おかげ)というのもある。そういうゲームで、少しでも…というのもある」

 自身今年初の対外試合だった2月25日の中日戦(北谷)は1打席(痛烈な一直)に立ったが、その後、降雨ノーゲーム。星野氏が生前「俺の死に場所」と表現した聖地で仕切り直しをする。

 「この世界に入る、すべての道をつくってくれた。僕の中ではすごく大きな存在」

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  • 福留は10日の星野氏追悼試合に志願の出場。打線にも喝を入れる
  • 福留(左)がプロ入りした当時の指揮官が星野氏(右)だった
  • 練習に臨む阪神・メッセンジャー=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
  • 練習に臨む阪神・メッセンジャー=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
  • 練習に臨む阪神・岩貞=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
  • 練習に臨む阪神・岩崎=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
  • 練習に臨む阪神・秋山=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
  • 練習に臨む阪神・小野=甲子園球場(撮影・山田喜貴)
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