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【乾坤一筆】PL学園の“潮目が変わった”小早川氏獲得と阪神・西岡の不合格

【乾坤一筆】

PL学園の“潮目が変わった”小早川氏獲得と阪神・西岡の不合格

特集:
ベテラン記者コラム・乾坤一筆

 オフの大型企画「夏の甲子園 荒木大輔の歴史旅」で、荒木氏と計6校のOB、関係者を取材した。スペースの関係で、紙面化できなかった興味深い話を紹介したい。

 主人公は1955年に大阪・PL学園の1期生として野球部を創部した井元(いのもと)俊秀氏(81)。監督としては甲子園初出場と初勝利に導き、ユニホームを脱いだ後はPL教団の職員として全国を回り、2001年に退職するまで野球部に選手を送り込んで一時代を築いた。

 サンケイスポーツ専属評論家の小早川毅彦氏(56)は井元氏に誘われて1977年に入学したが、中学時代の憧れは地元の強豪、広島商だった。「当時、広島の野球少年は誰もが広島商でプレーすることを夢見たと思うよ」。井元氏も「学校関係者には『声を掛けて広島商にこなかった選手は一人もいない』と豪語する人もいました」と振り返る。

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