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【二十歳のころ 池田純(2)】住友商事のエリートコースを捨て1年半で退社

【二十歳のころ 池田純(2)】

住友商事のエリートコースを捨て1年半で退社

特集:
二十歳のころ
豪州では、サーフィンを通じて今も交遊が続く仲間との、かけがえのない出会いもあった。写真は、友人の実家で開かれたクリスマスパーティーでの一コマ (本人提供)

豪州では、サーフィンを通じて今も交遊が続く仲間との、かけがえのない出会いもあった。写真は、友人の実家で開かれたクリスマスパーティーでの一コマ (本人提供)【拡大】

 21歳のとき、豪州で1年間生活し、国際的な感覚、実力主義の世界を見たことで、早いうちに社長になりたいという気持ちは、さらに強くなっていました。ただ、当時は今のような起業文化もない時代。2000年といえば就職氷河期でもあり、この中で勝ち抜いて人気企業に入ることが、イコール一番優秀と認められることだと考え、商社や広告代理店など一通り受けました。

 面接とは、要するに相手が求めているものを的確に捉え、コミュニケーションする能力が問われる舞台。相手の期待を少し超えるレベルで答えれば勝てるものです。それをすぐ理解できたのも、コミュニケーションの重要性を実感した豪州での経験があったからだと思います。

 幸運にも多くの内定をもらい、「トップ内定」だといわれた住友商事への入社を決めました。24歳でした。「一般の消費者に近い仕事をしたい」という希望も聞いてくれそうな雰囲気を感じていました。

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