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【二十歳のころ 大野豊氏(4)】涙のデビュー乗り越え“江夏道場”で開花

【二十歳のころ 大野豊氏(4)】

涙のデビュー乗り越え“江夏道場”で開花

特集:
二十歳のころ

 試合後は球場から広島市三篠(みささ)の寮まで、40-50分かかって歩いて帰りました。やり返そうなんて気持ちはわきません。涙がボロボロ出ました。帰り着くと入団テストでお世話になった山本一義打撃コーチに電話で「打たれました。すみません」と報告し、「間違っても自殺するなよ」と心配されました。翌日に2軍落ち。プロ1年目は防御率135・00という、とんでもない数字が残りました。

 当時はまだ母子家庭というものに偏見の目があり、出雲市信用組合時代はしっかり仕事をして認めてもらいたい、信用されたいと頑張ってきました。社会人の3年間では、失敗したときは何をすべきかも学びました。すぐに成果は出なくても、一つ一つの積み重ねが大事なのです。

 プロ1年目を振り返ると、3月入団なので大事なキャンプに参加していません。「それでも1軍に上がることができたし、この程度で逃げるわけにはいかない」と前向きに考えることができました。

 2年目のキャンプでは、古葉監督が私を、憧れの選手だった江夏豊さんに預けてくれました。一人だけの練習では誰も見てくれませんが、江夏さんと一緒だと、人の目がたくさんあります。みんな江夏さんを見ているのですが、私もへたなことはできません。技術的なことを教わると同時に、メンタル面も鍛えられましたね。

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