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【昭和野球列伝】阪急、身売りなければ福本引退なかった

【昭和野球列伝】

阪急、身売りなければ福本引退なかった

特集:
昭和野球列伝
移籍・退団・引退
経営権譲渡の発表会見で、笑顔であいさつするオリックスの宮内義彦社長と近藤靖夫新球団社長。右は阪急の小林公平オーナーと土田善久球団社長

経営権譲渡の発表会見で、笑顔であいさつするオリックスの宮内義彦社長と近藤靖夫新球団社長。右は阪急の小林公平オーナーと土田善久球団社長【拡大】

 阪急ブレーブスの“結論”が何だったかは聞きそびれたという福本だが、カレンダーを見れば、一目瞭然だ。1月に登場する福本の写真は、おなじみのツチノコバットを鋭く振り抜いている打撃シーンのもので、右下には『福本豊外野手』と記されている。

 それが文字通り白紙になり、福本は困惑した。「球団に一任していた。けど、会社が代わったからな。すぐには決められん。(上田)監督がどうするのか。まずそこが決まってから。俺のことはそのあとや。待つしかない。時間がかかる。バットを持たせてくれるのならやりたい。選手兼任コーチで手伝ってくれというなら手伝いたい」。

 引退する気持ちはなかったから、福本からは引退の2文字は出てこない。コーチ専任だったら? と質問すると「そうなったら…う~ん…」。長い沈黙の後、「話を聞いてじっくり考えたい」とだけ答えている。

 最終的には現役引退を決意し、1軍打撃コーチとなるのだが、実はこの間、福本は阪神への移籍も考えていた。阪急と阪神でプレーした先輩選手らを通じて打診し、前向きな返答も得ていた。

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  • 西宮球場の外野に集まり、球団身売りの説明を受ける阪急ナイン
  • 1989年阪急ブレーブスカレンダーの表紙
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