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【虎のソナタ】「王一本足打法」誕生日に「大山1号」

【虎のソナタ】

「王一本足打法」誕生日に「大山1号」

特集:
虎のソナタ
一本足打法に取り組む王貞治(左)と荒川博コーチ。一本足打法で1号を放った1962年7月1日から55年後、大山の1号が出た

一本足打法に取り組む王貞治(左)と荒川博コーチ。一本足打法で1号を放った1962年7月1日から55年後、大山の1号が出た【拡大】

 (セ・リーグ、阪神3-1ヤクルト、11回戦、阪神6勝5敗、1日、甲子園)その時…王はぶ然とした顔をしたョ…と荒川博氏はクックッと笑いをかみ殺しながら言った。

 まだ荒川さんが評論家になりたての頃、神宮球場の記者席でよく“若い頃”の王貞治(現ソフトバンク球団会長)の話を聞いた。

 早実のエースとして甲子園を沸かせた王さんはすでにその頃から打撃の資質はズバ抜けていた。阪神は早くから佐川直行スカウトが接触して王家は「ほぼ阪神」に傾いていた。だが、進学の情報を得ていた巨人が阪神優勢のニュースに驚き、猛烈に巻き返し、最後の家族会議で「巨人」入りとなった。酒を1滴も飲めない佐川さんはその夜、泣きながらビールをガブ飲みした。それから10年後のドラフトで法大の田淵幸一が巨人以外ならプロ拒否という空気の中で、阪神が強行指名に打って出た。阪神田淵誕生の裏には“10年前の涙”があったのだ。

 さて、ところが王貞治という打者は最初の3年間は鳴かず飛ばずだった。1962(昭和37)年の初頭に監督川上哲治はコーチとして招へいした荒川に「とにかく王を一人前にしてくれ」と命じた。

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