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【ダンカンが訪ねる 昭和の侍】岡村浩二さん「心のスキ」が招いた伝説の生還

【ダンカンが訪ねる 昭和の侍】

岡村浩二さん「心のスキ」が招いた伝説の生還

岡村さん(右)と阪急時代の写真が飾られるスナック『29』で思い出話に花を咲かせた (撮影・菅沼克至、キヤノン パワーショットG7X使用)

岡村さん(右)と阪急時代の写真が飾られるスナック『29』で思い出話に花を咲かせた (撮影・菅沼克至、キヤノン パワーショットG7X使用)【拡大】

 あれは、セーフですか? アウトですか? 岡村浩二さんに、俺はいきなり切り込んだ。

 1969年10月30日、巨人-阪急の日本シリーズ第4戦(後楽園)。本盗を企てた三塁走者・土井正三に対し、捕手・岡村の「皆殺し」と恐れられたブロックは完璧に映った。しかし、球審・岡田功のジャッジは「セーフ!!」。球史に残る“大誤審”として、永遠に語り継がれるはずであった。翌朝、新聞に掲載された一枚の写真がなければ…。

 「もう大昔のことや…」。岡村さんが経営する高松市内のスナック『29(ツーナイン)』。阪急時代の背番号を名前にした店のカウンターの中で、とても76歳には見えない肌つやのいい顔から笑みがこぼれた。

 「ワシの心にスキがあったんかな。土井は立教大の後輩や。しかも、きゃしゃやったし…。だってワシはブロックだけが取りえだから。カール・ボレス(近鉄)いう巨漢の外国人がおってな。前の晩、仲良く酒飲んどったのに、試合になったらタックルではじき飛ばされて、気付いたら食堂に寝かされとったわ。せやけどキッチリ、ボールは握っとったでェ!!」

 その言葉の裏にあるのは、生涯ぬぐいさることのできない土井への『情』への悔いのようでもあり…。コリジョンルールで、ホーム上でのクロスプレーの魅力を自ら放棄してしまった現在の日本野球への嘆きとも…。

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  • 1964年当時の岡村さん(右)。左はこの年、21勝を挙げたエースの米田哲也
  • 本塁に突入する巨人・土井正三(右から2人目)
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